3-Nの軌跡
以前は『メンタルヘルスケア日記』でした。 ※『3-N』とはカネない、モテない、ツイてないの意である
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足跡 その27
~前回までのあらすじ~
遂に念願のオリジナルバンドに加入する事が出来た私。とはいえこれは第一段階に過ぎず気付けば1ヶ月後に初ライブが控えてる現状。本当の合否はその時だといい聞かせつつ連日個人練習に明け暮れるのであった・・・


さて気になる東京初ライブは

2000年8月20日(日)club asiaであった。


初の舞台がasiaとは今考えるとかなり恐ろしい事だったが、ハッキリ言ってそれどころではない状況で、夏の暑さと相まってあり得ないくらいの脇汗をかいてた記憶がある。ちなみにこの日は色んなジャンルの人が集うイベントだったらしく、弾き語りもあればバンドもあるという感じであった。とはいえ右も左も分からない田舎者の私。メンバーの後ろを金魚のフンの様に付きまといなるべく一人にはならない様にしていた。

この頃になるとメンバーの人とも大分話せる様になっていたし、ライブになるとそれこそ四六時中顔を合わせる状況なので、普段のリハーサルの時間では聞けないもっと深い所まで話をする事が出来た。

そうこうしている間に我らの出番が近づいてきた。本番に向けてのテンションは既に会場入り時間の午後3時頃から常にMAXをキープしていたので今更上げる必要もなかったが、朝からずっと付きまとっていた押しつぶされそうな緊張はぬぐい去れないままドラムセットに腰掛ける事になった・・・



いつもより念入りにセッティングをして最終確認をした後、運命のライブが轟音とともに幕を開けた・・・












技術的な事を言えばキリがないくらいまだまだだとは思うのだが、それでも今現在の私が持てるすべてをあの場で出し切る事が出来たとは思ってる。
それを裏付ける様に神威のメンバーからも

「これからもよろしく」


という固い握手を交わす事が出来た。



こうした紆余曲折を経てようやく東京に来てオリジナルバンドを組んで活動する事が出来たのだが、ささやかな夢が叶うとともに
もっと上手くなりたい!!!

という欲望もちらほら出てきた。
これを機に神威の活動は怒濤のライブラッシュに突入していく事となる。リハーサルを週1、2回のペースで行いつつ、月平均で2、3本のライブをやるというサイクルでバンドが動いていった。

当然の事ながらキャリアの面で他のメンバーよりも大きく出遅れてる感が自分の中にあったので、それを埋めるべく個人練習も平日の昼に部室でシコシコやっていた。
しかしそれでも常に自分の中で他のメンバーからとり残されはしないか?という不安が付きまとっていたのも事実。そこで個人練習にプラスする形で自分のドラムスキルをもっと磨く事が出来ないものかと考えていた時に、思わぬ所から思わぬ話が転がり込んでくる事になる・・・


続く


3104


ちょっとした回想

この頃の神威のジャンルはラップだ、ダンスだという要素は全くなく漢(おとこ)が奏でるロックであった。
これから少しした後に徐々にバンドサウンドに変革が起こっていくのだが、これもまた後日に伝える事が出来ればなと思っている。


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