3-Nの軌跡
以前は『メンタルヘルスケア日記』でした。 ※『3-N』とはカネない、モテない、ツイてないの意である
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足跡 回想(その1~その18まで)
とまぁ自分の音楽遍歴を振り返ってみようと試みたこの企画、一応その18まで終えた時点でようやく話の導入部が終わったところである。
しかしながらこんだけ時間を割いてもなお書ききれてない部分や、振り返ってみてなおさら思い直してしまう部分などいろいろ出てきたので、今日はそんな高校生活までの自分を顧みる日にしてみようと思う。

まず始めに音楽をやろうと思い立った理由を
「自分を変えたい!!!」
という風に表記した。(足跡 その2参照
もちろんそれが根本にあったのだが、それに付随する形で「モテたい」というのもあったのは疑いようのない事実である。

まぁこの当時(中学生の頃)はやはり運動できるヤツがモテるのが定説である。最初はそれにならえでがんばってみたものの、運動における自分の才能には早々と見切りを付けてしまった・・・

となると残された道はワル音楽ぐらいしかチヤホヤされないんじゃないかと私のショボイ大脳がはじき出した。

とはいえワルに関してはそこまで情熱を傾けられなかった。やっぱり痛いのが嫌いという己の性格が邪魔してたのだと思う。となると当然選択肢は「音楽」となるのは至極当然の流れであった。

とまぁかなりよこしまな思いが最初はあったものの、気がつけば音楽の魅力にドップリとはまり最近は身なりがだらしなくなるわ我が道を進むわと、やってもやらなくても自分のモテ偏差値には何の影響も及ぼさない事に後々気づいていく。やはりモテる人は何やってもモテるのである・・・


高校の時の学生生活は
本当につまらなかった
と今更ながらに思ってしまった。もちろんT-K君と出会えて音楽の知識やドラムの知識は深まったし、I君とは節目に飲み会を開く位今でも繋がりがあるのだが、それ以外は暗くて退廃的な生活だったと認めざるを得ない内容だった・・・(記憶もほとんどがうろ覚えだし)
けれどもその反動で大学生からの生活は今までにないくらいアグレッシブな方向へシフトチェンジしていくのだから自分の中では必要な期間だったのかもしれない・・・


そしてやはりY君K君M君などの中学の友達(他にもいつも集まるメンツは4人いる)には感謝しっぱなしである。彼らに出会わなければ音楽をやらなかったのかもしれないのだから・・・
はたして自分がこういった道を選ぶのが必ずしも正解なのかどうかは分からないが、少なくとも選んで後悔した事は今の時点では無いのでそれでいいんだ思うようにしてる。

あの頃から出会ってから10年以上も経つのだが、今も変わらず盆正月は全員集まるし今でもあの時と変わらずに遊べてるのはうれしい限りである。


あと地元秋田でやったライブに関してなのだが、今の自分が見たら間違いなく穴を掘って隠れたいくらい演奏レベルは下の下だと思うのだが、ドラム人口が少なかったという今でも根強く残る問題点に助けられた形で、さしたる挫折もしないまま勘違いするには十分な環境だったと思う(その後しっかり洗礼を受けるのだがこの話はまた後日)。

例えばもし私がギターをやってたら周りにやってる人が多かったから思ったよりも早く諦めてまた吹きだまりみたいな生活をしてたかもしれない。

とまぁ色々な偶然が重なって今でも音楽を続けている事、こうして日記という形で過去の赤裸々な部分をお披露目できる事がある意味奇跡だなぁと書きながら改めて思う私の昔話であった。


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