3-Nの軌跡
以前は『メンタルヘルスケア日記』でした。 ※『3-N』とはカネない、モテない、ツイてないの意である
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足跡 その14
本人の予想を遥かに越えるくらい長丁場になってしまったこの「足跡」シリーズ。
最初は何気ない思い付きから始めたのだが、これが書いているうちに
「そういえばこんなことあったなぁ・・・」
とか
「この出来事の前にはアレがあったなぁ・・・」
と書いてる途中に色々思い出す事が多くて、中々次の展開に進みづらいのが現状である。
話の中での私はまだ高校3年生(中学1年生頃からスタート)だし、ドラムを始めてからはまだ1年も経っていないヒヨッコなのに既に14話目。
まだまだ終わる気配が見えなくて自分が一番焦っているのだが、どうぞ皆さんはお気楽にゆるりと眺めていただければ幸いである。



さて時は高校3年生の初秋(9月頃)の話。前回や前々回の話でも常にチラついていた「進路」について色々考えなければいけないお年頃に差し掛かってた。
正直私はもう勉強する気は更々無かったのだが、進学クラスというカテゴリの中で巻き起こる人間模様(よくある「進学率99.9%」とか、「先輩達はこんな大学に受かってます」的なもの)のおかげで担任や進路指導なんかでは
「進学」
を強烈にゴリ押ししてきた。

最初の方は私にも必死に刷り込みを行っていたのだが、みるみる目の輝きが濁ってきたのに気付いた担任は、周りへの悪影響を考慮して特定の科目のときに優秀な人たち学力雑魚集団のクラス分けなんかをして対策を施していた。

(もちろん私(ついでにT-K君)は「雑魚」に組み込まれていた事はいうまでもない・・・)

そんな感じでやんわりとハブにされてた毎日だった為、自分の中では勉強する意欲とかは次第に低下し、その代わり音楽に対する向学心がドンドン強くなっていた。
とはいえ両親は高校3年まで何とか通ったんだからせめて大学までは進んで欲しい、という願いは日ごとに膨らんでいき、ドラム開始当初にあった開放的な雰囲気は無くなり、二言目には

「ドラムやる暇があれば勉強しろ!!!」

と怒鳴るようになっていた・・・


もう半ば私の耳には届いていなかったのだが、これから先卒業してからもここに住んでる限りはこんな展開が延々と続くんだろうな、と推測できるくらいにすさまじくなってきてたので、


「誰にも干渉されず好きなことを続けるには?」


というテーマで色々と悩んだ結果・・・



















「そうだ東京の大学に行こう!!!」




という高校生らしい安易な結論に辿り着いた。それに気付いたのはちょうど自分の誕生日(10月17日)付近と明らかに他よりグランド3周くらい出遅れているのだが、ここで初めて受験勉強に取り掛かっていくのであった・・・

もちろん目的は

・親に干渉されない
・一人暮らし
・好きな事を目一杯やる


とよこしまな目標だけだったので、偏差値の高い大学には興味が無くもっぱら「ちょっと頑張れば入れそう」的な学校をひたすらリサーチしてから勉強に取り掛かった。


一方バンドの方は相変わらず「バンド名ナシ」「ボーカル不在」の状態ではあったが、来たるべき初ライブに向けての練習は欠かしてなかった。しかしながらさすがに受験勉強と平行してやれるほど器用な人間ではなかったので、


「11月から2月までは受験勉強させて欲しい」


とメンバーのY君K君にお願いした・・・
すると彼らは快くその申し出を受けてくれて、我らのバンドはライブを一回もしないで「活動休止」となった・・・



そして10月最後の練習を終えて、卒業後に必ずライブしよう!!!という約束をメンバーと交わして私は受験勉強に取り組んでいくことになる・・・


その後の話はまた後日。


続く


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