3-Nの軌跡
以前は『メンタルヘルスケア日記』でした。 ※『3-N』とはカネない、モテない、ツイてないの意である
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足跡 その3
~前回までのあらすじ~
「X」という存在を知り急速に音楽に興味を持ち出した私。その中でもドラムを叩くYOSHIKIに衝撃を受けて、自らもドラムをやってみたいと思う様になってきたのだが、その願いを叶える為にはどうしても両親の承諾という最大の難関が立ちふさがるのであった・・・



ハッキリ言って私の両親はごく普通の環境で育ち、実家が会社員や農家を営んでいるホント田舎によく見られる典型的な家族である。
ちなみに私の親父は多少アナーキーな所があり、会社員のくせに50歳を越えた今でも髪の毛が肩まで着くくらいのロンゲだし、おふくろも多少クレイジーなところ(例えるなら典型的なAB型)があるものの、子育て等に関しては厳格な部分が多かった(私が長男というのもあるが)。

なにかと各々の理想を子供にぶつけるというのはどこの家庭にもある光景なのだろうが、私には少々堪え難かったし、それが無気力になる要因の一つだというのも薄々感じていた。

両親は一応音楽は好きだったものの(とはいえ歌番組を軽くさらう程度)、そんな事に興味を持つよりも大学までいって,ちゃんとした社会人になって欲しいという願いの方が遥かに強かった。

そんな環境下においての今回の伺い、私は一大決意で両親に訴えかけてみた所・・・

















父「ダメダメ!!!勉強に支障が出るだろうがゴルァ!!!ふざけんな!!!」





と一蹴されてしまった・・・

とはいえこっちも相応の覚悟で訴えていたので、その後も必死に食い下がってみたものの、
「んな暇あったら勉強しろ!!!」
だの
「しっかり勉強して大学いけ!!!」
だの散々言われとりつく島もなく、今回は断念せざるをえなかった・・・


この頃から更に得意の無気力無感動に拍車がかかって、悶々とした思いのまま学校や部活なんかもなんとなーくこなす毎日が続くようになり、中学2年生という貴重な時間が失われていったのであった。


そして色んな事に関して諦め気味のまま迎えた中学3年生。ここで今後の人生を大きく左右する人達と出会う事になるのだが、その話はまた次回。



続く


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