3-Nの軌跡
以前は『メンタルヘルスケア日記』でした。 ※『3-N』とはカネない、モテない、ツイてないの意である
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生きてこそ その4
~前回までのあらすじ~
朝っぱらから深刻な報告を受けて既に気持ちがどんよりしてたのだが、本人達はもっと辛いだろうから、とりあえずはグッと堪えてそそくさと病院へ向かう事にした。



途中の電車でも結局気が気じゃない状態は続いていて、常に落ち着かないまま横浜の駅にて母親と合流。
人通りが多い駅前で、田舎者の母親を見つけれるかな?と多少不安だったが、遠目から分かる位にどんよりとしたオーラを放っていたのですぐさま見つける事が出来た。

そして道中で軽く状況の説明と甥っ子の症状に関して説明があったのだが・・・












そこでどうしてもおかしな点が何点か見受けられたのであった・・・








えっ!?それって●●?(後日記載予定)



と一瞬思ったのだが、元々母親がかなりマイナスに捉えるタイプであり状況も状況なだけに、一方からの意見でそう決め付けるのは非常によろしくないと思ったので、とりあえず甥っ子の容態が安定して改めて病院側と話す場を設ける時になったらもう一度詳しく話してくれ。と伝えた。


そして母親をなだめながら病院に到着し、とりあえず妹夫婦の顔を拝む。
数日前の陽気とは打って変わって重苦しい雰囲気があたりを包んでいるのが手に取るようにわかって、何ともやるせない気持ちになってしまった。
そしてそんな中でも普段と変わらないように振舞う妹の姿は本当に切なかった・・・


その後甥っ子の容態例の●●(後日記載予定)に関して再度義弟からの説明を受ける。
やはり男の人の方が冷静且つ適格で非常に分かりやすかったのだが、

・甥っ子の命が危険な状態であること
・●●の疑いについて


の部分は母親の時より明確に私の頭の中に入ってきた。
というか事態が好転してない事に改めてショックを受けてしまった。



その後義弟の両親と始めての対面。

「何もこんなタイミングで起こらなくても・・・」


と誰しもが思ったであろう。
そして皆で妹の状態を確認し、激励やいたわりの言葉をかけてから病院を後にした。

まだまだ解決しなければいけない事、起こりうる事、想像したら怒りでどうにかなってしまいそうな位山盛りであるが、このとき全員がまず真っ先に思ったのは、


甥っ子が無事で育つこと


これに尽きるし最優先事項である。
それを帰り際全員が確認しあい、それぞれが出来ることとは?と考えながら私も家族と別れた。


そして甥っ子はこの日から長く苦しいNICUでの生活を余儀なくされるのであった・・・


続く


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