3-Nの軌跡
以前は『メンタルヘルスケア日記』でした。 ※『3-N』とはカネない、モテない、ツイてないの意である
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さえない男のツイてない話 (その2)
~前回までのあらすじ~
不用意にも足を滑らせて後頭部を看板に強烈にぶつけてしまった私。しかもそのとき何も無かったからと安心してぬくぬくと毎日を過ごしていたら、2日後の深夜から激しい頭痛と吐き気に悩まされはじめ、重い体を引きずりつつ病院に行く事を決意したのであった。


どうやら私は周囲からの信用が非常に薄いようで、病院に行く事を決めたのにも関わらず、

「朝起きたら電話しろよ!!!」

「病院着いたら電話しろよ!!!」

「終わったら電話しろよ!!!」


初めてのおつかい級に何かと心配をかけているようであった。

3104「そんなに信用ないのかな~。」


なんて思いつつも朝起きた報告を両親と友達に電話で入れてみる・・・

















繋がらない・・・


ん?回線が混んでるのか?それとも大きな事件や事故が起きたのか?と不安になりながらテレビの電源を入れて世界の状況を確認するも特に大きな出来事はない模様。

3104「ケータイの調子が悪いのかな?」

なんて呑気に構えつつまた時間が経ったらかけ直そうとモーニングコーヒーを堪能しつつ病院に行く準備を勧めていた。
そして約1時間後仕切り直しという事でもう1度携帯の発信ボタンを押してみるものの今回も同じく繋がらない

さすがにこれは世界に問題がある訳でなく自分に問題があるのだ、と思いすぐさま滅多に開けない郵便ポストの中を探ってみると、アダルトなチラシの下にひっそりと佇むケータイ会社からの危険通知

恐る恐る通知の中を覗き込むと・・・

















ケータイ止められてた!!!


え?MA・JI・DE?
いつもは引き落としで何も問題なかったのだが、何故か今回は引き落としミスがあったようで直接振り込んでくれという連絡が来てたのであった・・・


3104「何も今日じゃなくても・・・」


と思いながらトボトボとコンビニに向かい電話料金を払いに行こうと家の前に出たら・・・















キキキーーーッ!!!ガンッ!!!

















自転車に轢かれてしまった・・・


しかも轢いたオッサンは謝る訳でもなく、なんなら

「チッ!」


と心ない舌打ちを浴びせてその場から立ち去って行ってしまった・・・















ゴルァァァーーーー!!!何でこんなにツイてないんだ!!!


なんて世界の中心で叫んでみても何も変わるはずなど無く、重たいを引きずりつつ、コンビニで滞納した電話料金を支払い、返す刀で病院へと向かうのであった・・・


もちろんこのツイてない出来事はまだまだ終わりを見せる事無く続いて行くのだが、いつも通り大幅な加筆修正により話がここで終わりそうにないので続きはまたの機会に・・・

続く


3104
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さえない男のツイてない話 (その1)
つい先日の深夜の路上での事、ちょっとお酒が入ってたのもありフラフラ~っと歩いていたら、物凄い勢いで足元がすべり、立てかけてた看板らしきものに後頭部をしたたかに打ち付けてしまった。

その光景たるやスティーブ・ウィリアムス「殺人バックドロップ」を1人で勝手にくらった様な感じでぶつかり、一瞬にして世界が火花に包まれ、その場で少しの間動けなくなってしまった・・・
しかも同時に吐き気が襲ってきており、状況判断冷静さを取り戻し吐き気を押さえ込むのに多少の時間を要するくらいの衝撃度であった。

バックドロップ当時は後頭部全面が凹凸の無いキレイな部分に激突した為、コブみたいな違和感もなく、ちょっと頭が痛いな程度だったのでさっさと家に帰り普通に生活していた。

もちろん翌日も軽い頭痛があったものの、あんだけ派手にぶつかったんだからしょうがないと思いつつ普段の生活を送り、何ならリハーサルやライブなんかも行ってた。むしろ衝撃度の割に頭痛の度合いが小さいので、

「おっ!?遂に私も超人の仲間入りか?」

位に己の頑丈さを褒め称えてる節すらあった。


しかし2日目の夜・・・
















「あたたたたたっ!!」

MMH音楽祭終了の夜からやたらと頭が痛み出したのである。そして押さえつけてたはずの吐き気までもが復活。
朝起きても頭の違和感は続くし、具合が悪くなってくるし、いかんともしがたい状況に陥っていた。

その事を色々な友人に相談すると開口一番、















「さっさと病院行け!!!死ぬぞ貴様!!!」

と10人中12人位に激しく怒鳴られたので、激突から3日目にしてようやく病院に向かうことにした。
しかし災難はまだまだ終わるはずもなくまたまたツイてない出来事に巻き込まれていくのだが、それはまた次回。


続く


3104
MMH音楽祭 ファイナル
先日またマキタ学級ウチノファンタジーさんの誘いでMMH音楽祭に参加してきた。

当然前回同様何曲かドラムを叩く事になっていたのだが、まぁ今回も例に漏れず直前リハーサルがあったり無かったり、本番前のサウンドチェックがあったり無かったりとなかなか過酷な条件であったが、さすがに2回目ともなると免疫もつくもので、大して動揺する事無く取り組めたと自分では思っている。

しかも今回でこのイベントが最後という事だったのだが、何故かそのトリのバンドでドラムを叩く大命も仰せつかった。
大抵私がこの音楽祭に参加する時は「ウチノファミリー枠」に組み込まれており、本番前にチラッとあわせる程度のヒリヒリ感が付きまとうのだが、本番中に軽いハプニングがあったものの、結果としていい形でイベントを締めくくれたのではないかと思ってる。

また機会があれば参加したいし、これがきっかけで知り合った人とも今度繋がりがもてたらいいなと思いつつ、復活を今から祈っているのが正直な所である。


3104

おまけ
大トリバンドの前に行ったウチノファミリーのみによる合唱をドラム側(ステージ後ろ)から撮影。

美しき家族愛


しかしスタートに手間取った模様で急遽家族会議を開催

家族会議

お疲れさまでした~。
人はそれを「ダメな奴」と呼ぶ 後編
~前回までのあらすじ~
大学4年生の頃、当時付き合ってた彼女と一緒に学園祭のコピーバンドに出ることになったのだが、その彼女に「制服で出ろ。」とか「途中からは体操着でライブ。」等の無茶苦茶な要求をしつつライブを敢行。はたしてどうなることやら・・・


わが大学はいつの間にかライブの時に部員が持ち回りでヴィデオ撮影をする風習になっていた。
もちろん私達のライブの時もとある後輩(便宜上W君(男性)と呼ぶ)がカメラを回してくれてたのだが、やはり制服程度の色気では彼のスカウターには反応が無かったようで、前半は遠目から全員が入る画ばかりが流れていた。正直彼も先輩命令とかでやらされていたからやる気がゲンナリ気味だったのかもしれない・・・


そんな空気の中、いよいよ私の企てた生着替えが始まった。すると・・・

























ビデオの画面がありえないくらいにブレ始め・・・
演奏が聞こえない位後輩の興奮した声が録音され・・・
あっという間にステージの最前列まで辿り着き・・・
ヴォーカルのぶち抜き画面が延々と流れ始めたのであった・・・


この作戦はちょうどライブの中盤位からだったので、中盤以降の映像はヴォーカルの歌ってる姿のみが流れるばかりであった・・・

そしてライブの合間のMC中にこれまた興奮冷めやらぬ偉大な先輩のUさんが堪えきれずに、

U先輩「オイッ!!!バッチリ撮れただろうな!?」

とW君に鼻息も荒く聞いていた。するとこのW君、何をトチ狂ったのか・・・





































W「大丈夫です!!股間もバッチリです!!!」

とかなりアホな会話が繰り広げられていた。しかもビデオが回ってるのをすっかり忘れてたこの二人、言うまでもなく会話もバッチリ録音され、後日の打ち上げの際に市中引きずりまわしの刑を喰らうハメになってた。


3104「いや~、最低な二人だね!?」

なんて便乗しつつスネオ的ポジションを確保しようとしたら・・・
























「お前が一番最低だ!!!」

と少なくとも2桁以上の部員から罵られ、私もついでに引きずり回されてしまうのであった・・・





3104
人はそれを「ダメな奴」と呼ぶ 前編
今となっては遠い過去の話だが、大学生の頃にこんな私にも一応3次元の世界で彼女はいた。

まぁその当時から私は音楽にのめり込みすぎて周りが見えてなかったのは変わりないが、彼女は普通に音楽を聴く程度の趣味で特にライブしたい!演奏したい!というほどの欲求は無く、ごく普通の女子大生だった。

何気に結構な期間付き合っていたものの、お互いの好きなことに関する部分で干渉はしなかったので、じゃあ学生生活の中で2人一緒に何か思い出に残るような事をやったか?と聞かれると特に思い浮かばなかったのも事実。
というわけで色々なタイミングが合わさったのもあり、大学4年の最後の学園祭で一緒にバンドをやろうという運びになった。(ちなみに私は留年決定の為、学生生活最後の年となったのは彼女のみというのがさらに涙を誘う。)

パートは私がドラムで彼女がボーカル、他のメンバーもチラホラ決まり始めて、どうにかこうにかバンドとして動き始める事が出来るようになった。(私の大学の学園祭はコピーバンドが中心。)

私の場合はコピーバンドをやる時は曲よりも演奏力よりもとりあえずインパクト重視!!!
というわけで開口一番彼女に対し、






















3104「じゃあボーカルの衣装は高校の制服で!!!」

と有無を言わさぬ決断をしてみた。すると何故か他のメンバーからやれかわいそうだ、やれ人でなしだ、と猛反対が起きた。しかし小泉内閣ばりの構造改革も辞さない構えで、














3104「あと、やっぱりお色気もあったほうがいいから、制服の下に体操着を着て曲の途中に脱ぐシチュエーションにしよう!!!」

と周りがビックリするぐらいの発言をかましてた。もはやブレーキの壊れたダンプカーと化した私を止める術も無く、彼女は体操着着用の上に制服を着てライブに挑むのであった・・・
(ちなみに衣装の注文はボーカルにのみ。)

そんなこんなで人生に数回しかない人前で歌うという機会を何故か制服体操着で歌うハメになってしまった彼女。なかなかどうして楽しそうに歌っていたのだが、そのライブ風景を撮っていたヴィデオに衝撃的発言が残されていたのであった・・・


続く


3104
だから私は人でなし
とあるテレビにて、

「自分の手に入ったものと言うのは忘れやすいが、自分が手に入れられなかったものというのは心にずっと残ってる。」

という素晴らしい言葉を耳にした。もちろんこの言葉で液晶テレビが滲む位涙がこぼれたのは言うまでもないが、確かに自分にも思い当たるふしはある・・・

小学校の時に好きだった●●ちゃん
中学校の時に好きだった●●●さん
高校の時に好きだった●さん etc


とこれでもかという位に成就しなかった女性の名前は思い出せるのだが・・・



































人生初めて付き合った女性の名前が思い出せない!!!

顔はなんとなく覚えてるのだが、未だに名前だけは思い出せない・・・
まぁとんでもないふられ方をして心にロックがかかってるのかもしれないが、何だかんだで私もそれなり大人の階段を上って完全に振り切ったと言ってもいいはずなのにどうしても出てこない。

その事をとある友人に打ち明けてみたら・・・






















「覚えてないの!?マジ最低だNE!!!」

「●●菌」等の差別にもつながり兼ねない発言をされた。
やっぱり私は自分が思ってる以上に「人でなし」なんだな~と痛感する出来事であった・・・


3104
あとがき
この3ヶ月の長期に渡って紆余曲折があった「陽気なジャパニーズ旅行記」もようやく完結まで辿り着いたのだが、今回は本当に色々な出来事があった。

自分で読み直しても
「いや~、なんなんだコイツは!!」

と自分に突っ込みたくなるくらいにイベントがテンコ盛りの1週間の旅であった。

とはいえ、実はここに今はどうしても掲載できないとんでもないアクシデントもあったので、それはもう少し時間が経ってからかもしくは直接皆さんとお会いした時にでもそのエピソードを語って行こうかなと思ってる。

今年は国内外問わずどんな所に行くのかまだ決めてないが、また更なる出会いやハプニングを求めて彷徨う事になるので期待していて欲しい。
というか今回の旅でつくづく自分が「刺激ジャンキー」になりつつあると感じてしまった。

ここを更に深くまで行くと面白い事が待ってるかも・・・


とか

今もチョット危ないけどギリギリまで粘ってみよう・・・

などの興味が留まる事を知らない。



「よく何も無かったね~。」



とはよく言われるのだが、これからも自分基準のギリギリのラインを旅行中は目指していくので、無事に帰ってきた時はまたこの場を利用して皆さんにお伝えしようかなと考えている。

まぁまだ若輩先学の身ではあるが、もし皆さんがインドネシアに興味をもって行ってみたいと思ったのならば、どうでもいいトリビア最低限の知恵くらいは教えれる気がするのでその時はご一報くだされ。一晩中懇々と語れる気がするので・・・
あとは足長おじさんみたいな人がこの日記を気に入って本とかにならないかな~、なんて淡い期待をするのみである。


という訳でこのシリーズは今日をもって本当に本当に完結である。あとはカテゴリーの「陽気なジャパニーズ旅行記」をポチッとしていただければ全編をまとめ読み出来るので、時間が余って余ってどうしようもない時などの暇つぶしのお供に役立ててくだされ。


陽気なジャパニーズ旅行記
  


3104

次なる僻地は何処へ
陽気なジャパニーズ、インドネシア料理を堪能する(ファイナル)
ようやくこの私の独断偏見ゴリ押しによる「インドネシアグルメツアー」も残す所最終日のみとなった。
とはいえ今回も感慨に浸る暇無くズラズラと書いていくのでおつきあいのほどを。



やはり1週間も滞在すると生活リズムというのがだんだん日本のそれと変わらなくなってきており、朝は気がつけばコーヒーと軽く食べれるものといった感じになってきていた。

何気にインドネシア人はバナナが好きみたいです

これが朝食なのだが、コーヒーの横にモロンと添えられてるのはバナナ。普段バナナなんてそのまま食べるかせいぜいチップス程度でしか日本では食べられてないのに、コチラではフライ焼き物といった形で出てくる事が多い。
もちろんこのバナナも美味しく食べ尽くしたのだが、これはこっちに来てる気分や気温よる所が多いのかな?なんても思ってみたりする。

と言った具合にサラリと済ませた朝食とは打って変わって昼食は

どれもこれも無茶苦茶辛いです・・・

パダン料理というのを食べてきた。この料理の最大の特徴は

・メチャメチャ辛い!!!
・食べ方が特殊


の2点が挙げられる。まず始めの辛さであるが、これは私が食べたどのインドネシア料理よりも辛くて、ハンカチが発汗のせいでもの凄い勢いでダメになる位であった。どうやらこの料理に関しては現地の人でも好き嫌いが分かれるみたいである。

また食べ方に関してだが、まず席に着くと頼んでもいないのに写真の様に小皿がガンガンテーブル一杯に置かれていくのである。なんなら収まり切らなくなったら皿を重ねたりしてなんとか収めていた。
そしてその中から自分が食べたいのをつまんでいくのだが、一度でもフォークやスプーンで料理に触るとそれでもう会計のカウントにされてしまうのであった。
ちなみにそんな事をまるで知らなかった私は

3104「コレナニ?アレナニ?」


とPさんに聞いてはいちいちフォークで触っていたので会計の時にとんでもない数がカウントされてしまったのであった・・・中には口をつけなかったものあったので本当に申し訳なかった。

肝心の味の方は変わった料理が多く新たな発見が多くとても美味しかったが如何せん辛かった!!!もっと自分が辛さの耐性があればより楽しめたのだろう。自信がある方は是非ともトライしてもらいたいものである。

そんな感じで悪戦苦闘しながら結局T-シャツを1枚ダメにしつつもPさんをお見送りに行ったりバリの街並を一人で観光したりして過ごした後、ようやく旅のフィナーレを飾る夕食を食べに行った。



場所は散々お世話になったハリスホテルのレストランで

ある意味ゲテモノ料理

こんな料理を食べてみた。写真のお肉が何とも美味でおかわりしてしまいそうな勢いだった。そして料理を運んできたホテルマンを捕まえて気合いを入れつつ、

3104「コノリョウリトテモオイシイデスネ。」


ホテルマン「アリガトウゴザイマス。」


3104「ニクガメチャメチャオイシイデス。チナミニナンノニクデスカ?」


とついでに聞いてみたら・・・





















ホテルマン「コレハイヌノニクデス。」




ええ~っ!!!
犬!!!

私は人間以外の生物が苦手なので特に愛着もないのだが、人が一番見直に接する動物のイメージが強い犬を食べるのはさすがに少し抵抗があった。おかわり熱も急速に冷めてしまった事は言うまでもない。
でも味の方は文句無く美味しいので、犬を飼ってなくてグルメに興味がある方はこちらも挑戦してみて欲しい。


と言った具合で約1週間ほどかけて紹介したインドネシアグルメも本日でおしまい。もし気になる食べ物があったら是非日本ででもいいからインドネシア料理を一度でも堪能していただきたいと切に願うばかりである。


こうして長々書いてきた「陽気なジャパニーズ旅行記」も本日で完結。約43話からなる記録が皆様方の憩いの一時旅の参考なれば幸いである。

長々ご愛読ありがとうございました!!!



陽気なジャパニーズ旅行記 終



3104
陽気なジャパニーズ、インドネシア料理を紹介する。
さてこの旅で私が食べてきたものを片っ端から紹介していくこのコーナーも残り2日を残すばかりとなってしまった。これを書き切る事が出来れば去年から続いていた「陽気なジャパニーズ旅行記」もようやく完成するのでもうしばらくお付き合い願いたい。


さてインドネシア滞在6日目の食事は、朝早くの飛行機移動により朝飯抜きだったため、バリに着いてからの昼食以降をお見せしていこうと思う。


やはりバリに来るとここは別世界だとしみじみと感じる。なんか上手くは言えないのだが、空気が違う。他の地域は一人で歩くのにかなりの勇気を要するのだが、ここはなんだか出来そうな気がするし、街の人もそんなに殺気立っていない気がする(押し売りはこっちの方が激しいが・・・)。

そんな穏やかな空気に包まれた中での昼食は日本でもよく見かける

カーネルおじさんは東南アジアにも進出

ケンタッキーフライドチキン
で済ませる事にした。ちなみに日本との大きな違いは、

ここではパン以外にもお米が食べられます。

主食が
ハンバーガー
だけではなくてお米が食べれるのである。(写真左端参照)
という訳で早速

なんだかホカ弁みたいです。

フライドチキン弁当?
を頼んでみた。味は美味しいのだが、何だかホカ弁を食べてるような気がしてならなかった。
ちなみにインドネシア全体でもケンタッキーはちょくちょく見かけた。やはり宗教の影響が強い国ならではの光景ではないだろうか。


その後はバリ島内を車で色々走り回り、ケチャダンスを鑑賞した後で食事をする事になった。

いつもの様に場所やジャンルの希望を聞かれたのだが、私の答えはいつも

3104「ドコデモイイシ、ナンデモイイヨ。」


なのでPさんは結構苦労しただろう。という訳でこの日の締めくくりはこの後お土産を買う事も考慮してバリ中心部のレストランに落ち着いた。

新婚さんと日本人と日本語を喋るネシア人とPさん

やはりバリは日本人が多く、この席以外にもカップルやツアー客とおぼしき日本人をチラホラと見つける事が出来た。
ちなみにこの写真の左側のカップルは新婚さんハネムーンらしく、たまたま隣になったバリ在住の日本人の女性にあれこれ聞いていた。

しかも彼等は軽くタクシーにぼったくられたり夜間外出を旅行会社から固く止められていたりとなんだか窮屈そうな感じであったが、なんだか初々しくてほのぼのとしてしまった。
そんな和やかな空気のままスプーンが進んだのは良かったのだが、肝心の写真を撮り忘れてしまい、

この旅最大の不覚

きっちりと完食した写真を載せる事しか出来なかったのであった・・・

この頃になるとお腹の不安もどこ吹く風、全然気にならなくなってたし、なんならPRIDEの高田ばりに


「かかってこいや~!!!」


と強気な態度が出来るまでになった。
しかし時の流れとは残酷なもので、今回の旅路も翌日で大団円。前回も何気にインドネシア料理ばかり食べてのだが、今回もかなり私のインドネシア食文化の幅が広がった様に思う。そして明日の食事でまた少しキャパシティを広げられる事を祈りながら道沿いに並ぶレストランを眺めつつホテルへの帰路に着くのであった。


続く

3104

ビンタンビールはやはり最高
陽気なジャパニーズ、インドネシア料理で軽く凹む
このブログのプロフィール欄を見てもらえれば分かっていただけると思うのだが、私にはどうしても食べられないものというのがいくつかある。それは

スイカ
メロン
アイス類(かき氷系も含む)
漬物


である。あんだけ中国インドネシアできわどい料理を食べてもちゃんと消化して健康な体を作ってくれるのだが、これらはどうしても食べる事が出来ないし体に異変をきたす。(特にメロンがヤバくて耳の奥が痛くなってしまう。)


そんなわがままな体質の私に出されたインドネシアデザートが、




















絶句しました・・・

ヒョエ~~~~~~~ッ!!!氷ですか!!!
角度を変えてもう一度確認してみる。

やっぱり見間違えじゃない・・・

どこからどう見ても私が食べれない氷がテンコ盛りである・・・ただでさえ嫌いなのにここインドネシアでの氷はある意味ダイナマイトと同じ効果があるというのに・・・


3104「ゴメン、Pサン。ワタシコオリハタベレナインダ。」


せっかく誘ってもらったのにこんな結果になり、申し訳ない気持ちでもうお腹が一杯になりつつも自分の意志を伝えたのだが・・・





















Pさん「ダイジョウブダヨ!ノ~プロブレムデタベレルヨ!!オイシイヨ!!!」


とかなり見当違いな答えが返ってきた。私の語学力の乏しさが誤解を招いたのかなと思いもう一度伝えてみる。

3104「イヤ、コオリガキライナタベモノナンダヨ。ダカラセッカクナノニゴメンネ。」


今度は誤解の無い様に慎重に言葉を選びながら伝えてみる・・・

















Pさん「ダイジョウブダヨ!!オイシイヨ!!!」


効果全くナシ。もはやこの押し問答を続けてもラチがあかないと思ったし、この時ばかりは英語(もしくはインドネシア語)をもっとしっかりやっとけば良かった、と激しく後悔したのであった。
そうなるとどうにかこの状況を脱しなければいけないのだが、やはり私が我慢して食べるのが一番速いという結論に辿り着いた。しかしどうしても食べる事が出来ないので氷が十分溶けるまで放置する事にした。


5分ほど経過

常に掻き混ぜてました

・補足をすると緑の物体はアボガド、白い物体はココナッツで、黄色い果物は謎のインドネシア果物であった。



さらに念入りに放置

ようやく食べられるくらいにまでなりました。


まだ上に浮いてる氷を避けつつもなんとか食べ始める事が出来た。本来の食べ方からはかなり逸脱してるとは思うのだが、どうにかこうにか完食する事が出来た。

これならまだ激辛料理を食べてた方が良かったなと思いつつも氷以外の果物に関しては美味しく食べる事が出来た。この旅行では一切果物と言った生の食べ物を食してなかったので、ちょうどいい栄養補給だと激しく自分に言い聞かせてポジティブな方向に変えようと試みた。

その後は原因の分かってる腹痛スパイラルに巻き込まれる事無く無事に夜を過ごせてホッと胸をなで下ろしつつも、翌日は朝早くからバリ島に戻らなければならなかったのでまたまた朝食をとらずに飛行機に飛び乗ってデンパサール空港に降り立ったのであった。

こうしてインドネシアグルメツアーも早いもので残り2日、途中軽い腹痛は何度か襲われていたのだが、日本から持ち込んでいた正露丸でなんとか凌いでる現状。どうかこれ以上は悪くなりません様にとすがる気持ちでバリ島でのラストスパートをかけるのであった。


続く


3104
陽気なジャパニーズ、インドネシア料理を堪能する(その4)
さて本日はインドネシア滞在5日目の食事をドドドーンと紹介していこうと思う。

前日にかなり苦戦を強いられた「カニ料理」はこの日は食べてなかったのだが、それに負けずとも劣ら中々勇気が必要なごちそうが出てきたのであった・・・


さて朝はいつもの生活と変わらず時間ギリギリまで眠ってたため、本日の朝食も「ピロシキもどき」をむさぼり、しっかり朝から異様に汗をかきつつこんな事に精を出していた。


そしてその道中で昼食をとる事になり案内されたレストランは

プチ危険な香りがします。

もう日本人なんてオリンピックと同じ確率位でしか訪れなさそうな場所だった。
しかしここまで外国人の手を離れてると価格も安めなようで、

ナシゴレンは192円トマトジュースは77円カプチーノは65円

2,000ルピア(約26円)と大分価格破壊が起きてた。(ナシゴレンの小さいサイズも約190円とかなりお得。)

そんな事を考えてるうちに料理が運ばれ、

嗚呼、和食が恋しい

みるみるうちにテーブルがごちそうでいっぱいになった。しかもこの日は日曜日だったので調子に乗って、

昼からビールは贅沢の証

コイツも頼んでしまった。日本でもやらない事をしてしまうというのはやはり海外生活のせいで開放的になってるからなのか?理由はよくわからないが

やっぱり暑いと人のテンションは上がるものです

店の中でこんなにはしゃいでしまい、パートナーのPさんや周りのお客からは奇異な眼差しを向けられるとともに、海外における日本人のイメージを著しく下げる結果となってしまった。

肝心の料理は文句無くおいしかったのだがやはり辛い!

「極端に甘いか極端に辛い。」熱帯地域に住む人達の生活の知恵なのだろうが、これでよく体を壊さないな~と感心してしまう節さえある。



そんなこんなで昼食はカントリーな地域で食したのだが、夕食は一転

ショッピングモールでお食事です

都心部のショッピングモールで食事をする事になった。ちなみにインドネシアでは自炊や料理を作るといった習慣があまり無いようで、家族連れでレストランで外食するスタイルが非常に多いようである。そのため店の種類も非常に豊富で以前行った時は「肉のハナマサ」のレストランなんかもあった。

そんなこんなでこの日を締めくくる夕食は

なんだかマックで食事してる気分です

ミーゴレン(焼きそば)とスープを食べる事にした。
本当にマックなどのファーストフードの様な雰囲気でメニューも
何でこんなにオシャレなんだろう?なんだかファーストフードみたいです

日本的な表現をすれば「女性向けを意識して・・・」みたいな店でかなり場違いな空地に包まれての食事であった。
美味しかったんだけど・・・なんだか浮いてる気がしてならなかった・・・


とまぁ5日目の食事も有意義に過ごす事が出来て心も体も満足な結果だったのだが、ここでPさんが

P「デザートダベタイヨ。」


と提案してきた。普段であればデザートとかはあまり食べないのだが、今まで色々世話してもらってるし、インドネシアデザートもチョット気になっていたので、

3104「イイヨ、タベニイコウヨ。」


と二つ返事で快諾した。するとPさんはやけに嬉しそうにしながら

オシャレです。さっきまで家族連れがいました

これまたファーストフードの雰囲気漂う店に案内してくれた。さてここでは何が出てくるかな?なんて期待してたのだが、その3分後背筋をも凍る恐怖が待っていたのであった・・・


続く

3104
ちょいと一休み
年始のまったりムードも治まり日常生活が戻りつつある昨今。ようやく私自身が関連する事柄(特に音楽)も動き始めた。
(早速デカい話が舞い込んできたし…)

今年音楽活動はどんな事態を迎えるのか?不安は常に付きまとうが、願わくば昨日よりも今日、今日より明日といった具合にステップアップできる年であってほしいなと思う。

そして新たな出会いや発見を伴いつつ、笑顔で今年の大晦日を迎えたいものである。


「おもしろき こともなき世を おもしろく」


そんなことを実現できるようにこれからも日々精進していくので改めてこれからもよろしくお願い致します~。

3104

ババババンザ~イ!!!
陽気なジャパニーズ、インドネシア料理を堪能する(その3)
インドネシアの魚料理、と言われて私が思い浮かぶのは圧倒的に焼き物が多かったし、名前はよくわからないがとりあえず魚だとはわかる物エビなんかがメインだった記憶がある。
また今回もそんな感じでしょ?と思っていた、しかし今回向かった料理屋は、

Pさん「カニタベヨウ!カニ!」

と貧乏人の私にとっては帰省した時とか、めでたいことがない限りは滅多に食さない魅惑のカニ料理の店に連れて行かれた。

カニ料理がすごいんです

まるで海の上に浮いてるようなその店構えで中にはライブスペース、すべてにおいて高級感を醸し出してるお店に少々困惑しつつも屋外のテーブルで食べることになった。

近くの店も浮いてるようでした。

女の子と来たらさぞかしムーディーな雰囲気なんだろうな~、なんてあんなことやこんなことを想像していたのだが、それ以前にここへ辿り着くまでが過酷すぎるのでそんな面持ちにもなれないだろうな、なんて甘い妄想を改めざるを得なかった。

そんなこんなで夢の世界にしばし旅立ってたのもつかの間、早速メインのカニ料理が運ばれてきた。ここでも日本みたいに無言のままパキパキ殻を割ってモソモソ食べるのかななんて想像してたら…

















なんか甘辛のソースかケチャップみたいなのがカニ全体にふんだんにかけられてるのであった…
(もちろんカニは一匹まるまるでしかも殻付き)

それだけならまだ何とかなったかもしれないが、ここには殻についた身をホジホジする奴もない…
あるのはフォークとスプーンだけ…

じゃあ実際みんなはどうやって食べるのか?とPさんや周りを見渡してみると…














みんなこれでもかって位に手をベトベトにして豪快にかぶりついていた…

M・A・J・Iかよ~。正直食器を使って食べる時にも十分注意してるのに、今回は危険度Aの手で食べる行為。それに日本みたいに茹でただけであったなら手もそんなに汚くならなくていいけど、これにはソースがてんこ盛りでかかっている状態…かなりその一歩を踏み出すのには勇気が必要だった。

しかしそんな不安もどこ吹く風で相棒は、
Pさん「3104、ゴウカイニイキナヨ!オイシイシ、アルコールガショウドクシテクレルヨ!!!」

と軽い催促とかなり笑えないジョークまで飛び出してきたので、意を決してつかみ上げる。
「うわぁ~。」といつもとは違うカニ料理の感覚に違和感を覚えつつも腕の一本を叩き折ろうと試みる…














ヌメッ!っていう感触とともに手からカニが脱走しどうにも上手く食べることができない。しかしつかんだ瞬間から両手はあえなくソースまみれでベトベト。

3104「だぁ~~~~~っ!!くそがぁ~~~~っ!!」

魚食文化の先駆けでもある日本人青年がレストランのお子様級に食い散らかしつつ必死にカニと格闘してる様を見て、近くのテーブルからは常に失笑が漏れていた…

しかしその苦戦に見合うだけの味がそこには存在しており、

3104「オイシイ~!!!マジウマイ!!!」
を夜空に響かせていた。しかしそこまで手が汚れてしまうと他の食べ物に手をつけることができないため手洗い、戻って他のも食べるのだが、気がつけばまた手がヌメヌメしてしまいまた手洗い・・・

3104「オマエハケッペキショウカ?」

と真顔で聞かれるくらい洗面所とテーブルの往復を繰り返しながらカニ料理を堪能したのであった。
まぁ手が汚れるのが気にならなければまた食べてみたい、そんな不思議な味だった。ちなみに帰りがけにタバコを吸おうとしたら指に臭いがバッチリ染みついていて少々切ない思いをしたのはここだけの話にしておこう。

3104

おまけ

もう手がベトベトです…

予想外の出来事によりこの場での写真はこれだけ。しかも前菜段階での撮影の為、どれだけ大変だったか臨場感に欠けるのが悔やまれる…
陽気なジャパニーズ、インドネシア料理を堪能する(その2)
さて、とんでもないトラブルに巻き込まれながらもMANADO(メナド)に明け方たどり着いた我々一行は、じっくり移動の疲れを取ろうという方針の下、昼過ぎまでゆっくり眠った後で色々街並みを見て回ろうということになった。

というわけでインドネシア滞在4日目は結局すごく微妙な時間に起きてホテルの朝食を逃してしまったため、Pさんの計らいによりホテルの近くのパン屋で朝食(世間的には昼食)をとることになった。

衛生面が・・・

異国という雰囲気がそうさせるのか、この国の文化のせいでそうさせるのかはわからないが、どうしても放置(いい言い方をすれば展示)してるのを見るとちょっと用心してしまう。ましてや店の内装とかは特に凝ってるわけでもなくえらく質素な店構えだし、年がら年中30℃を超える気温だし…

とはいえ「腹が減っては戦ができぬ」とか「背に腹は変えられぬ」などの言葉があるように、ここで食べなければこれから先に続くサバイバルを乗り越えられない気がしたので、恐る恐るではあるがPさんお勧めのメナド伝統のパンを食べることにした。

そして期待と不安が入り混じる中Pさんが店員と色々話し、選び抜いた末に持ってきたものは、

ピロシキの肉の変わりにカツオ

一見ピロシキ?と思いそうなパンと、

一番危険そうだが、一番美味しかった。

ちまきの様な変な植物に包まれたご飯を私に渡してきた。


ちなみに始めに紹介した

手に持ってみた。

「ピロシキもどき」のパンの中にはカツオ(もちろんフレーク状)と唐辛子系の香辛料を混ぜたのが入っていて、一口食べた瞬間に辛さが口中に広がりあっという間に発汗してしまった。
しかし後を引く辛さでおいしかったので、気がつくと調子に乗って3個くらい食べている私がいた。

また「ちまきもどき」も中身はカツオフレークと唐辛子を混ぜたものが入っていた。
個人的には「ちまきもどき」の方がヒットで、後日また食べたくなって店に行ったのだが、その時はすでに売り切れてしまってるほど人気の一品であった。また機会があれば食べてみたいものである。


とここで「何気にインドネシアは魚を食べる文化がある?」というのがちらりと頭をよぎった。
まぁ気温衛生面で大いに問題があるので日本みたいに生で食すことは不可能に近いのだが、この国の国教でもある「イスラム教」の影響により豚、牛以外で動物性蛋白質を取らざるを得ない状況が魚食文化を発展させたようにも思える。
とちょっと真面目なことを書いてみたものの、結局おいしければ何でもいいのである。


こうして朝食を済ませた私たちはメナドを観光して遊びまわり、ちょっと小腹が空いてきた頃に

伝統的ケーキ

メナド伝統ケーキ(Pさん曰く)を食べたりして小麦中心な食生活を送っていた。そうなってくると、

3104「ネエ、Pサン。メナドノデントウリョウリハパンガオオイノカ?」

と聞きたくなってくるのが正直な所。実際もう一日滞在する予定なので、前もって心の準備をしといた方がいいかな?と思いつつ聞いてみた。すると、

Pさん「イヤ、ココハウミガチカイカラヤッパリサカナリョウリガオオイヨ。キョウノヨルハサカナリョウリノヨテイダシ、モチロンオコメモアルヨ。」

とやさしい返答が返ってきた。何気に日本で一人暮らしをしてるとなかなか魚料理を食べる機会が少ないので一石二鳥とばかりに、

3104「イイネ、ソコイコウ!!!タノシミダヨ!!!」

100万ルピア(約13,000円)の笑顔で尻馬に乗り、メナドの文化が味わえる魚料理屋に向かうのであった。

続く


3104
陽気なジャパニーズ、インドネシア料理を堪能する(その1)
話の本編は前回で終わったのだが、その途中にあったはずの食事に関しては話の流れ上途中から割愛せざるを得なかった。と言う訳で本日から何回かに分けてではあるが、私が食したインドネシア料理の数々をお伝えしようかな、と思ってる所存であるのでお付き合い願いたい。


さて本編の中で紹介した食事は確か2日目の夕食までだった様な気がするので、それ以降をドドド~ンと紹介していく。


インドネシア滞在3日目 バリ島での昼食

やはり朝から食べてしまって実はお腹がエベレストから急降下みたいな事態は避けたい所が正直あったのでとりあえず缶コーヒーで済ませておく。
という訳でKUPANGからバリ島に移動した後に食べた昼食はコチラ

回転寿しですが、ふたがしてあります

バリ島にある日本料理屋の回転すしである。しかしナマモノは非常に危険と言う私の本能が訴えかけた結果、麺類にしようという運びとなった。そして恐る恐るメニューを覗き込んでみると・・・


うどん、そば、ラーメン?

こんなの日本じゃ食えません

と本当に和食なのか?と聞きたくなるようなメニューが日本で見られるお品書きの中に点々とあった。まぁ新たな食の開拓の意味合いも込めてこの日は


ラーメンって中華料理じゃ・・・


気になってしょうがなかった「グリルチキンラーメン」を食べてみた。肝心の味の方はまぁファミレスなんかで食べるラーメンと大して変わりない王道な味であった。
ちなみにこの食事が旅路の最初で最後の和食?であったのは後々気付いた事であり、他の食事は全てインドネシア料理であった。


インドネシア滞在3日目 バリ島での夕食

奇跡を起こしたハリスホテルので夕食だが、この日は夜遅くにMANADOへ移動しなければいけなかったので荷物だけを預けてた状態であった。しかし空港からのアクセスも便利だし、色々と融通を利かしてもらっていたから感謝の意味も込めてここで食事を取る事にした。

このとき食べたのは、

たまには王道な料理も食べたいんです

これぞインドネシア料理!
とも言えるナシゴレン。困った時はコレを食べればまず安パイだし、最初にインドネシアに来た時はコレしか食べなかった(れなかった)。
今回は色々と食のチャレンジをした経緯もあり久々に食す事になった。味は言うまでもなく美味しいが、ここで気を緩めて添えてある生野菜なんかを食べてしまうともれなく腹痛のデフレスパイラルに巻き込まれる可能性が特大だったので皿の端の方に避けておいた。

とまぁこんな感じで滞在3日目の食事は終止おとなしめな内容であったなと感じる。確かにバリ島は何でも揃ってるし、他の所に行けばある意味未知との遭遇も起こりうる事態の為、この日は本能的に安全策を取ったのかもしれない。

そんなこんなで次回は深夜の大移動をしたMANADOでの食事を紹介していこうかなと思ってるのでそこそこ期待しつつ待っていて欲しい。

続く


3104
陽気なジャパニーズ、容易く日本の土は踏めず(後編)
~前回までのあらすじ~
バカ丸出しの日本人である所の私は、禁煙エリアであるにもかかわらず違法雰囲気バリバリの掃除用具置き場に設置してる簡易喫煙所に飛び込んでしまい、当然の如くカネをせびられると言う事態に陥ってしまった。
果たしてフライト時間に間に合い、且つ何一つケガ無く脱出する事が出来るのか?


さてさてこの国では「コンニチワ」「オマエナニジン?」と同じ位の頻度で聞かれる「カネハラエ」
どうしたってこの国は何かしてあげたらその見返りにお金を求めるのはもはや常識なようで、ここでも例に漏れずその洗礼を受けたのであった。タチの悪いものになると自分から進んで手伝いをしたのにカネを要求されるケースも頻繁にある。

まぁ自ら虎口に飛び込んでおいてなんなのだが、「お前らふざけるな!!」と心底思うし、実際にこの時も日本語で叫んでしまった。
とはいえそんな高度な日本語なんぞ通じるはずも無く、とりあえずは

3104「イクラハラエバイイ?」


と払う気もないのに聞いてみる。するとエサが食い付いてきたと思ったのか、

ネシア男「Up to you.」
(お前次第)

という返答が返ってきた。そうなるとやっぱり・・・



















3104「ジャアタダニシテ、オカネナイシ。」


と言ってしまった。だってこんなのに払いたくないしバカバカし過ぎる。しかし向こうは必死の抵抗を示し、

ネシア男「NONONO!!!ハラッテクレYO!!!ケッコウタイヘンナンダ。」


とまたまた訳の分からない理由をつけてなんとか払わせようとしてくる。となると、


3104「イクラハラエバイイ?」


ネシア男「Up to you.」
(お前次第)

3104「ジャアタダニシテ、オカネナイシ。」


ネシア男「NONONO!!!ハラッテクレYO!!!ケッコウタイヘンナンダ。」



とどっかの出来損ないのコントのような押し問答がまた続くのであった。とはいえ刻一刻と搭乗時間も迫ってきており、いつ機内への案内がされてもおかしくない状況。ついでに言えばお金は実際インドネシアルピアを使い切っており、財布の中にはわずかな硬貨しか入っていなかった。
そういう後押しもあってか更に強気で今回は攻め込んでみる事にする。

3104「トハイッテモイマホントウニオカネガナインダ。ダカラモウゲートニイッテイイカナ?」


ネシア男「スコシダケデイイカラハラッテクレヨ。タノムヨ。」

3104「イヤイヤ、ハライタインダケドカネガナインダ。」
(前半は嘘で後半は本当。)

彼もかなりの粘りを見せて食い下がってるのだが、一向に財布を取り出そうとしない私にヤキモキしはじめていた。そんな中私はドサクサに紛れて2本目のタバコに火を灯し強気の姿勢を貫いていた。
実際の所私がお金を払うのは別に構わないのだが、これがきっかけで日本人がカモにされされたり、コレはオイシいと思わせるのは癪だったので、今後の為を思いつつ払う気がないのを懇々と説明した。
なんなら自分で吸っておきながら、

3104「ウエニイッテヒトヨンデコヨウカ?」


と無茶苦茶な事を言って軽く脅してみると、

ネシア男「NONONO!!ソレダケハヤメテクレ!」


と弱気な返答が来た。これでしめた!と思った私は、

3104「ソロソロヒコウキニノラナキャイケナイカラモウイクネ。ムリシテクレテアリガトウ。」


と言い放ち、男の脇をするりと抜けてなんとかタダで無事のまま搭乗口に戻ってくる事が出来た。後から思い返してみると何気に死角になってる部屋にインドネシア人とタイマンの金銭トラブル、本当になんにも無くてよかったな~、と胸を撫で下ろすのであった。(最近は日本人同士だって大事に発展する事が多いし)


そして飛行機に戻ってくると、浮かれたカップルが手を繋いだまま爆睡してるのを見て

「ここは平和だな~。」


なんて遠い目をしつつ夜のインドネシアを眺める私であった。その後は特に目立ったトラブルも無く早朝に成田空港に到着。やっぱりおはよう成田は疲れがとれないな~、なんて思いながら重い体と荷物を引きずりながら我が家へと帰っていくのであった。


一応今回をもってインドネシア旅行話は終わりだが、途中話こぼれた部分があるので、それをまた次回にでも綴りつつコンプリートを目指そうと思っている今日この頃。
という訳で続かないようで続く・・・


3104
陽気なジャパニーズ、容易く日本の土は踏めず(中編)
さて去年口約としてた掲げてた「インドネシア旅行記」の完結が結局大方の予想通り年をまたいではじき出されてしまった訳だが、そんな情けない男とはいえ尻切れとんぼだけはなんとか避けたいという事で、また本日から綴っていこうと思ってるので皆様方ご愛読のほどを。


さて話の舞台は帰りの飛行機の事。今回の帰りの経路は

デンパサール→ジャカルタ→成田


であり、ジャカルタで約1時間ほど乗り換え待ちを余儀なくされるのであった。
そしてその空白の時間は機内で待つもよし、飛行機を出て空港内を歩きまわってもいい(もちろん限られた範囲で)といった感じで、判断は個人に任される時間帯であった。

私としては、長旅のスタートダッシュに失敗し(過去日記参照)少々気まずかったのと、ニコチンを補給しときたかったので飛行機を出て空港内を歩き回る方を選択した。


もろもろの手続きを終え飛行機を降りた私は早速喫煙所を探して彷徨う。するともうお馴染みとなった空気清浄機の大して役に立たない吹き抜けの部屋を発見して早速タバコに火をつける・・・


がしかしここで無念のジッポオイル切れ・・・またしてもプチツイてない出来事に襲われつつも、隣にいたオッサンから火を拝借。しかしそれから特に話も弾まずプカプカと煙をくゆらせて空港内を見渡していた。
そして十分補給できた所で再度ゲートに戻って、機内に入る準備を整えていた。まだまだ時間に余裕があったので、一度トイレに行っておこうと思い、搭乗口の中にあるトイレに向かったのであった。

すると男子トイレと女子トイレの他にもう一つ掃除用具置き場的な部屋がある場所にたどり着いた。もちろん脇目もふらず男子トイレに向かっていくはずなのだが、何故か掃除用具置き場の戸が開いており、一人の男が部屋の前に立っていたのであった。

時刻は既に深夜、

「まぁ国際便は夜中に出発とか多いから掃除もこまめにやらなきゃいけないのかな?感心感心。」

なんて思いつつ横を通り過ぎようとしたら・・・
















インドネシア男性「ヘイッ!!!」


とこんな所でも呼び止められてしまった。またかよって思いつつも彼の方を振り向くと怪しげな雰囲気をプンプン醸し出しながら、
















インドネシア男性「タバコスイタクナイカ??」


と切り出してきた。搭乗口全てのエリアが禁煙なのに何故にトイレだけは吸えるのか?明らかに胡散臭い風貌と切り出し方・・・しかしここで吸えるとギリギリまで満喫できるのは何ともオイシい気がしてたのも事実。という訳で

3104「オオッ!スイタイスイタイ!ドコデスエルノ?」


ネシア男「ココダヨ。」


といって案内されたのは例の掃除用具置き場。その中に灰皿がちょこんと置いてあった。灰皿が置かれてる環境に興奮した私はまんまと部屋に侵入、そしてちゃっかりライターも拝借して禁断の喫煙を楽しんでいた。

中学生や高校生が先生にバレない様に吸うあのドキドキ感も入り交じりつつ、「ふぅ~、生き返るね~」てな感じでニコチンを接種していたら例のインドネシア男が出口に塞がる様に立ちはだかって・・・

















手を差し出してきて・・・

































ネシア男「イクラハラウ???」


やっぱりか!?何となくそんな気はしたんだけどやっぱりそうなる訳?しかも逃げれない様に出口は完全に塞がれてるし、他の旅行客はガンガンシカトして通り過ぎてるし(自業自得だが)・・・

さてこの状況をどう切り抜けよう?五体満足でしかも搭乗時間に間に合う事が出来るのか?もはや出発の時間は刻一刻と迫ってきてるし・・・

DOなってしまうの???



続く


3104
母校がこの世界から消えた日
皆さんはこのマンガをご存知だろうか?

・「花の都」

なんだか懐かしいです

これはとある大学生の寮生活がメインで描かれているマンガなのだが、この舞台(モチーフ)となってる大学が実は私の母校なのである。もちろん読んでると、

「あ~、こんな伝統あったな~。」


ってな感じでなんだか懐かしい思いでニヤニヤしながらこれは読んでしまう。彼とはまた違った所で私も花の大学生活を送っていたし、もう一つおセンチな気分になってしまう訳がある。それは・・・
















この学校名が既に変わってしまっている
からである。

住所や建物なんかは変わってないのだが、もはや私が在籍してた大学は既になく別の大学と統合してまた新たな大学として構えているのである。

まぁそれは結構前から変わっていたのだが、こうしてあの頃を思い出すとどうしても寂しい気分にもなってしまった。あの大学にいた時が一番学生生活が楽しかったから・・・


そんな思いに更に追い打ちをかける出来事が帰省中に起こった。それは・・・


















高校名もいつの間にか変わっていたのであった・・・


私は秋田の某大学の付属校に通っていたのだが、まぁハッキリ言って思い出なんて数えるほど無かったし「暗黒の3年間」と言う位ろくでもない期間であった。
(とはいえ友達何人かいたし、その反動で楽しい大学生活が出来たのだからまぁ良かったと言えるのだが・・・)
そんな学校でもやはり名前が変わったりしてその存在が無くなってるとなんだか感慨深いものがある。

これからやれ少子化だ、やれ学力の問題だ、などでドンドン学校が統合もしくは廃校になる学校が増えていくかもしれない。(余談ではあるが、中学校も2つに分かれてしまって、私が通ってた頃と形態や名前が変わってないのは小学校だけになってしまった。)

まぁいい思い出イヤな思い出が人それぞれあるにしても、母校がその存在を消してしまうのはなんとも寂しいものである。

3104
ちょっとした休息
少しの間日記をお休みしてたのだが、また本日付けから徒然なるままに書きなぐっていこうかなと思ってる。
まぁ別にこの期間に何かがあったと言う訳ではなく、いつも通り小忙しい毎日と年末から続いている色々な事を済ませる日々をを過ごしていた。そんな中ふと思ったのが、「心に余裕が無いと日記は書けないな~。」という事であった。

そして早くこのブログに戻って来れる様に今まで以上に自分の趣味やエナジーの部分に関して私財を投入してなんとかここまで辿り着く事が出来た。

ちなみにこの期間に購入したものは

CD部門

・CALC 「DANCE OF THE NERVE」

全体的にオシャレです

・AXE RIVERBOY 「Tutu To Tango」
round aboutが名曲

・AXE RIVERBOY 「TU TU REMIXES」
やっぱりround aboutが名曲

・スキップカウズ 「スイート10ダイヤモンズ」
喜びの日が最高!

・Perfume 「Complete Best」

コンピューターシティーが好きです

・the samos 「KAFKA HIGH」

今回のヒットアルバム

なんかを購入。特に「the samos」がかなりお気に入りで即座にヘビーローテーション入りである。


また小説部門


・未来防衛研究所 「ゴジラ対自衛隊-怪獣要撃戦」

ゴヂラは倒せるのか?

・舞城王太郎 「山ん中の獅見朋成雄」
中々グロテスクでした


・舞城王太郎 「スクールアタック・シンドローム」
やっぱり文章力がスゴい

何かを読みふけっていた。もちろんサッカー雑誌をしっかりチェックするも忘れてはいない。

とまぁやたら文化的な年初となった訳なのだが、コレが遅かれ早かれ私の血となり肉となる事を願いつつ、充電期間を過ごしていたのであった。
もちろ本日紹介したものはどれも素晴らしい作品なので機会があれば是非ともチェックしてもらいたい。

3104
おはようプレステ
コレが出来る日は本当に幸せだと思う。朝起きて体を起こすモーションと同時にゲームの電源を入れて、コーヒーを湧かしてコントローラーを握る・・・
後は一日が終わるまでげーむ!ゲーム!GAME!
食事はコーヒーSOY JOY、もしくは大好物のカロリーメイト。後は何もいらない。あまりに集中し過ぎて身の回りにはタバコの灰がこぼれる始末。

もちろん夜になってもテレビから離れる事なくひたすら食い入る様に見つめて電脳の世界にハマり込む・・・これがRPGなんかだと、最初から始めて一日でレベル30~40までになってしまうからタチが悪い。

そんな日を久々に過ごした。けど全然疲れないしまだまだ足りないな~、なんて思ったりもする。今はこんな時を必要としてる。充電して次の問題を乗り越えられる様になる為に。そして寝る時にこう思う。
















「いや~、いい一日だった!!!明日も頑張ろう!!!」


ここ数日で無双シリーズ(ガンダム無双、真三国無双5)のクリアキャラクターが飛躍的に増えた。念願のコンプリートまで後少し。ウィニングイレブンも友達と対戦したいな~と思いはじめた今日この頃。

また普段の生活が始まればこんな日を過ごすのも難しくなるだろう。けれどまた近いうちに「おはようプレステ」が出来る様に日々を頑張っていこうと改めて気合いを入れ直した一日であった。

3104
季節も冬だというのに・・・
またまた帰省ネタなのだが、久々の家族団らんをしてた時、ふとした拍子に今回の家族の寝る場所についての話が上がった。

両親は元々の寝室で寝るようだったのだが、兄妹二人はもはや実家に住んでないので適当に部屋を割り振られていくのだが・・・



まぁ私は一人暮らしをして結構長かったし、部屋数の関係から、いつも家のはずれの部屋に布団が用意されいた。元々は祖母の部屋だったのだが、他界後は父親の趣味の部屋兼物置みたいな感じになってた。もちろん最近のブームに乗ってここも「禁煙」


ちなみに妹は私の上京後、2階にある私の部屋を使っていたみたいで、彼女が上京した後も親がめんどくさいのか知らないが、妹がいた当時のままで残っている。となると妹は自分の部屋(元私の部屋)で寝るものだと思っていたのだが、彼女は1階の居間の隣の部屋で寝るようであった。


3104「ん?元自分の部屋で寝ないの?」


と母親に聞いてみると・・・

母「ん?いや~、元々あそこで寝てた時もたまにあったんだけどね、どうもあの子敏感らしいのよ・・・」


なんだか訳の分からない表現が重なってて真意を汲み取り辛いのだが・・・さらに詳しく聞き出そうとすると・・・
















母「なんか、あそこで寝るとたまに足を引っ張られたりしたとか、なんかいるみたいな事を言うのよ~。お盆とかはヤバいらしいよ、私には分からないんだけどね~。」


















マジかよ!!!!!
あの部屋そんなにやばかったの?


母「だから妹は今はあそこで寝たりしないよ。あんたはずっとあそこに引きこもってたけどね~。」



そうです!そうなんです!!!
初めて自分の部屋というのを割り振られてから約8年間。家にいる時の大半を過ごしていたMY SPACEがそんなに物騒だったなんて・・・
全然気付かなかったし、出来ればこれからも知りたくなかったな・・・


普段の生活も自分に関してはやたら鈍感な私だが、こんな能力にも鈍感だったと初めて知る事が出来た。まぁツイてるのかツイてないのかは微妙だが・・・


とまぁこんな感じで季節外れのネタで一層寒くなってしまった私は田舎名物の「電気毛布」で暖められた布団に飛び込んで心と体をほぐして夢の世界にダイブするのであった。

















聞くんじゃなかった!!!









そして















8年間まったく気付かなかったってどういう事!?



3104
おいてけぼり
去年の夏はなんだかんだで身の回りがごちゃごちゃしてたので帰る事が出来ず、実に1年ぶりに秋田の実家に帰る事が出来た。


まぁ1年も経つと街並も結構変わってるもので、
「あれ?ここにあった●●屋は?」
とか
「ん?ここにこんなのあったっけ?」
などのプチドッキリが随所に設置されていた。その中で特に気になったのが、


「●●書店」



等の地域に根付いた本屋が多く潰れてるように感じた。昔はチャリ圏内で4店舗くらいあったはずなのに、今は東京でも見かける大型書店や大型中古本屋がドカンとあるくらいになってしまった・・・
しかもその中には「秋田初のエロス本自販機」(実家の友達情報の為信憑性は薄いが)を置いてた店までもが含まれていた。


そんなこんなで街並に変化があれば私の友達にも変化は当然訪れていて、

結婚間近の人
激太りした人(年間15kg増)
増量に磨きがかかった人
無職になった人
マイホームを建てた人


とバラエティに富んだ内容がテンコ盛りであった。
みんな着実に中年街道に向かってるんだな~としみじみ感じてたものの、とある友達からこちらもしみじみと


「お前は変わらないね~。」



と言われてしまった。ある意味嬉しいのだが、何となく置いてけぼりをくらった様な気分なのと、成長を止めたピーターパンみたいな響きが何とも言えず違和感になってきたのはやはり年のせいなのだろうか?

こうして2008年の目標に「オトナの渋みを見せる」を掲げて、次回の帰省までに自分を磨いておこうと誓うのであった。
とりあえず親にも散々突っ込まれた貯金から始めてみよう・・・


3104
肩身が狭い今日この頃
昨今急に吹き荒れ始めた「禁煙ブーム」。遂に新幹線にもその波は普及してしまい、今回の帰省で約4時間禁煙という苦行を強いられてしまった。

しかも私は最初「喫煙ルーム」の存在が新幹線車内にあるものとばかり思ってたのだが、実は駅のホームしかないを知って愕然としたし、「車両内禁煙」のアナウンスもしつこく流れていた。

しかしいくら喫煙ルームを増設したところで、各停車駅でタバコ吸うほどの余裕があるはずもなく、結局のところ始発の駅で吸いだめしとかなければいけないのは飛行機と同じである。
となると前まで「タバコが吸えるから」という理由で利用してたのに、こうなってしまうと今後どちらを使おうか迷っているのが現状である。

しかも秋田に帰って2回ほどタクシーを使ったのだが、どちらも禁煙車であった。私の見解だと地方に行くほど喫煙率が高いような気がするのだが反対意見は出ないのであろうか?


まぁ喫煙者のマナーも未だ改善されてない部分も多いが、禁煙という一種の正義を振りかざし急激に締め出すのもどうかな?とも思う。
現に秋田新幹線こまちトイレが異様にタバコ臭かったし、吸殻が何本か転がっていた。いい年こいてこんなヤンキーな事をしてる人達にもガッカリしたが・・・


とりあえず喫煙者はポイ捨てを無くしつつ、体にいい煙草が出来るのを地下室に籠るがごとくその時が来るのを待たなければならなそうだし、

「また、ここも禁煙になったのかよ!!!」

とぼやく日々が続くことは間違いなさそうである。


3104
2008年
明けましておめでとうございます。
今年も不毛災難が綴られていく「メンタルヘルスケア日記」を何卒よろしくお願いします。


さて今年の年明けはいつになくスロースタートだったような気がする。まぁ大晦日秋田に到着してすぐ高校の友達に拉致られて、年明けまで我が家に帰ることはなかったものの、それは毎度のことなので親も特に期待せずといったところであった。

やはり雪国です

これは日が明けて元旦の秋田の風景ではあるが、予想通り雪が降り積もっていた。
やはり寒い!しかもこっちに帰ってくると家事とかをやることないからNE・MU・I!

と言うわけでまったりと親バレした実家のパソコンからの更新中である。(過去日記参照

今年一年私と皆さんに幸多き年であることを祈って2008年1発目の日記をしっぽりと締めくくろうと思う。


3104

田舎は雪化粧です。
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