3-Nの軌跡
以前は『メンタルヘルスケア日記』でした。 ※『3-N』とはカネない、モテない、ツイてないの意である
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電光石火
この前自転車に乗ってたら、不意に警察官が目の前に飛び出してきて行く手を大の字で塞いできた。

びっくりした私はあわてて急ブレーキを掛け、あまりの突然の出来事に呆然としてるといつもの聞き慣れたフレーズが耳に飛び込んできた・・・














「この自転車は誰のだ?」













あー、いつもの窃盗疑惑である・・・
普段はここで「自分のです」って言って防犯登録を調べられて「ハイ、さようなら」って流れなのだが、この日は何故か警察官は私をクロだと信じて疑わず色々なイチャモンをつけてきたのであった・・・
その会話の一部始終をご堪能くだされ。



「この自転車はだれんだ?」


森「自分のッス。」



「じゃあ、なんで自転車の鍵にキーホルダーがついてねーんだ!!!ゴルァ!」



森「エッ!?」(そんなのつけてたら車輪に引っかかるだろう?)



「しかも何でカゴの中に空のペットボトルが入ってるんだぁ!!!ああん!?」


森「いや、ゴミ捨て場が近くにないから・・・」(移動中に飲みきってしまったが、ゴミ箱が近くになくてカゴに入れていたのに・・・)


「正直に言えよ!?この自転車はお前のか?」


もの凄く横柄な態度の警察官にあたってしまったらしく己の不運を嘆くばかりなのだが、今回はさらにトッピングとしてJR池袋駅東口の真ん前でこの押し問答が繰り広げられたのである。




一分間の間に恐ろしい数の人間が行き来する場所での自転車窃盗疑惑・・・




行き交う人々がこちらをチラ見しては
「うわっ!ダッセー、捕まってるYO。」
とクスクス笑いながら通り過ぎていくのを感じた。

こんな大衆の前でいわれのない疑いをかけられ辱めをうけた事にさすがに今回は少しイラッときてしまったので、

「じゃあ番号調べりゃいいじゃないですか!これではっきりするだろ!?」


と半ばキレ気味で返答し、駅の出口の真ん前で防犯登録のナンバーチェックが行われた。
当然の事ながら「シロ」となり容疑は晴れた訳だが、イマイチ釈然としない私がそこにいた・・・
しかしどんなに正当性や怒りをぶつけてもどうにもならないだろうと思い、グッと堪えてその場を立ち去ろうとしたら帰り際にアホ警察官は



















「今度から気をつけろYO!!!」




と、どんな脳のシナプスを通過すればそんな言葉が出てくるの?ってセリフを吐いてた。
しかも何に気をつければいいんだ?こんな居直り強盗みたいなのに巻き込まれて・・・

とりあえずこの日から警察官は庶民の味方というフレーズは信用しない事にした。

そして近々ビューティーコロシアムに出て「善人顔」に整形してもらうのを計画中である。


3104
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油断大敵ダイナマイト
世の男性諸君に問う。

初めて彼女を家に呼んだ時、あなたはどれくらい部屋の掃除をしましたか?
初めて彼女を家に呼んだ時、あなたはどれくらいドキドキしましたか?




とまぁ彼氏彼女の逢瀬の中で手始めに起こる大きなイベントとして「お互いの家に遊びにいく」というものがある。
これは招かれる方も緊張するだろうが、招く方が100倍緊張する。それがましてや野郎の一人暮らしとなるとその傾向はより強い。


小汚い部屋に彼女が失望してしまったら・・・
何かへまをしてその後が台無しになってしまったら・・・
なんて考えただけでも不安で夜も眠れないだろう。





今日はそんな彼女が初めて家に来た時の話をしていこうと思う。





時は大学1年生の頃の話。こんな私にも「人生の春」が訪れ念願の彼女が出来、デートしたりデートしたりデートしたりという日々を送っていた。

しかしいつも外で遊んでいたので、
「たまには家でゆっくりとしたいね~。」
なんて妄想や希望が膨らむような話の流れになった。


当時私は一人暮らしだったが、彼女は実家に住んでた。いきなり彼女の家に行って両親に会うなどという特攻精神は持ち合わせてなかったので必然的に我が家に来るという方向になった。



さて私は期待に胸と妄想を膨らませつつ家に帰り、早速大晦日級の大掃除を慣行。棚などの整理はもちろんの事、台所、トイレ、床に至っては新品の「コロコロ」の紙が無くなるんじゃないかって位に念入りに掃除してた(当時の家の床は絨毯だった為)。


万が一ちぢれた毛バクダンが彼女の目にとまったら・・・
せっかく積み上げてきた信頼やら信用やらが足元から崩れ去っていくような気がした為、部屋の隅々にまで目を光らせていた。


そんな努力の甲斐あって、見違えるほど綺麗になった我が家に彼女を招く事が出来たのであった。



最初は他愛のない会話のジャブを繰り出し緊張を解いていき、昔の写真やらで意図的にサプライズを引き起こす。
とまぁここまでの試合運びは完璧であった。

その後しばしまったりしてから前もってレンタルしていた映画を見ようという流れになった。


「ここまでは順調な流れだ。このまま行けば今日のイベントは大成功だな。」


なんてほくそ笑みながら、ビデオのセッティングをしていたのだが、いざ電源を入れてみるとデッキの中に前に見たと思われるビデオテープが入っているが分かった。


心の声:(あぁ、前見たときに取り出すのが面倒でそのまま電源を消しちゃったんだなぁ。多分映画かなんかだろ。)


と思いながら準備してると、彼女もデッキにテープが入ってたのに気付き、

「何か入ってるけど何見てたの?」

なんて話してきた。
当然私は
「まぁ、映画かライブビデオだよ。」
って話しながら取り出しボタンを押しこの日の為に用意してた「感動スペクタクルラブロマンス」な映画と取り替えようとしたら・・・




















デッキから出てきたのは映画でもライブビデオでもなく・・・


























「爆乳ダイナマイト」というエロスなビデオだった・・・



















場の空気が一瞬で凍りついた事は今でも忘れない・・・








しかも最悪なことに当時付き合ってた彼女の胸のサイズが「Aカップ」だったのである・・・

ビデオが出てくる様子を一緒に見てた彼女の態度は急変し












「私に対する当て付けかぁぁぁぁ!!!ゴルァァァァァ!!!!」




とランボーもビックリするぐらいの怒りのアフガンと化したのだった・・・











ちぢれ毛バクダンは回避したものの、デッキから飛び出してきたダイナマイトに直撃し人生の冬の到来を肌で感じる私であった。



その後彼女の機嫌は斜めのまま回復する兆しは一向に無く、「お宅訪問デート」の中盤から後半戦は歴史的惨敗を記録する私であった。




皆さんも好きな人を家に呼ぶ時は「部屋の掃除」「ビデオ(今ではDVD)デッキの中身の確認」はお忘れなく・・・


3104
ちょっとした業務連絡
ブログデザインやらプロフィールなんかをちょっといぢってみますた。
不評だったり飽きたらまた変える予定である。

異論反論オブジェクションがあれば一報くだされ。

3104
ゴジラ対キングギドラ対メカゴジラ対民間人
本日は高円寺で行われる阿波踊りを見に行ってきた。

去年はこの時期に高円寺でのライブが重なってしまい、阿波踊りを見るどころかライブハウスへの移動すらもままならない状態に追い込まれて困った事があったのだが、今年は異様に気合がみなぎってる某ギタリストに誘われて初めて阿波踊りを堪能することになったのである。

某ギタリストと某ボーカリストの献身的精神のおかげで結構いい席を確保したという連絡をもらい、楽しいイベントになるだろうと頭の中で悶々と妄想していたのだが・・・











いたずら好きな神様はそう簡単には楽しませてくれなかった・・・












少し集合時間に遅れてしまった私は、何回か電話のやり取りがあった後、人ごみを掻き分けて集合場所に辿り着いた。
しかしそこに待っていたのは妄想で描いていたマターリな空間ではなく3匹の怪獣が暴れてる阿鼻叫喚の世界であった!!!

(犯人は某ボーカリストのお子様2人某ギタリストのお子様1人であったことはここだけの秘密にしておこう。)

私が席に座ろうとするや否や挨拶代わりとして「金的」へのロケットパンチを喰らい、よろめいてしまったが最後、3人が一斉に飛び掛り、首絞め肩車おんぶetcと果てしなく続くバイオレンスの雨あられ・・・

他にもお兄さんお姉さんがたくさんいた(10名位)のに何故か自分だけが集中砲火を浴びてしまうイリュージョン!
入れ替わり立ち代り、時には複数で襲い掛かってくる怪獣共は休むことを知らないのかひっきりなしに色々な事を仕掛けてきたのである。
さすがにそろそろ反撃の時だとおもい、ゴジラの放射能光線ばりの



「グルァァァァ!クソガキがぁぁぁぁぁ!!!!」


と吼えたものの逆に喜ばせてしまい、天使の様な顔でバシバシと私の肉体と精神を弱らせていったのであった・・・










そんな光景が延々と続き、自分が合流してから阿波踊りが終わるまで5分と一人になれる時間がなかったので、写真を撮ってる余裕などなく、エナジーの全てを怪獣達との激闘に注ぎ込む事を余儀なくされるのであった・・・




その後、2次会へと移動したのだがそこでもキッズという名のダミアン達は離れることなく楽しいひと時は過ぎ去っていくのだった・・・

結局怪獣達の燃料が切れるまで終始付き合わされたのだが、まぁ自分の噛んでたガムを私に食わせようとした行為以外は中々楽しかったので良しとしよう・・・



最後にこの日の為に色々と準備をしてくださった某ボーカリスト某ギタリストの二人に大いなる感謝と、来年こそはゆっくりと観賞できることを願って本日の日記はこれにてお開きとさせていただく。






中々充実した一日への満足感と、明日に100%のしかかってくる「筋肉痛」への恐怖で胸がいっぱいな3104より


刺身のツマ程度に
最近の漫画家に新しい力がないのか知らないが、漫画コーナーで文庫版による復刻モノが書店のスペースを大きく陣取ってきてるような気がする。
確かに名作を挙げろと言われたらやはり今の時代の作品ではなく、どうしても昔の漫画なんかを挙げてしまう人が多いのではないだろうか?(もちろん今現在連載している漫画の中にも素晴らしいものが多数あるが。)
しかも大抵それらの作品は既に廃刊になってる作品も多数あることから、あの漫画をもう一度読みたいと思う需要が高くなり今日の文庫本サイズの漫画の再発売が起こっているのだろうと勝手に推測してみる。

そんな私も最近の漫画購入は連載中の作品と文庫の作品をほぼ半分くらいの割合で買っているし、「あ、これ前から読んでみたかったんだ。」と思ってた作品が文庫化されているので、私もその恩恵に与ってる一人である。


さて今日はたまにやる不定期かつゴリ押しの「おススメ漫画(文庫版)」を紹介していこうと思う。


まずはこれ
「編集王」


20060829180556.jpg


前に一度友達から借りて読破したのだが、もう一度読みたいって言う願望が少しあったのと、実家に帰る際(新幹線で約4時間)の暇つぶし用として買った。画像は1巻だが今日現在で文庫版は4巻まで発売中である。

あらすじ(ウィキペディアより大部分を拝借)
15年近く打ち込んだボクシングの世界で芽が出ないまま、網膜剥離で引退する事になった桃井環八(カンパチ)が、新たに出発したマンガの編集の世界で『あしたのジョー』の“ジョー”を目指す姿を描く。
それまであまり取り上げられ事のなかった1つの「業界」を描いた傑作である。


これは面白い!!やはり自分の知らない世界をのぞいてみるというのは個人的には興味のあることだし、その世界で起きてる矛盾や常識を分かりやすく伝えている点も秀逸である。
「へぇ~っ」って思う部分が多く、それでいて考えさせられる作品である。




さて次の作品は
「銀と金」

20060829182305.jpg


である。
先週末に部屋の掃除をしてた際に久しぶりに発見しつい読みふけってしまい大幅なロスを余儀なくされた作品である。(画像は文庫版の表紙だが、私が持っているのはコミック版)

これはただただ作者の頭の良さに脱帽される作品である。
基本的に>「ギャンブル漫画」なのだが、ギャンブルの勝敗を大きく左右する「人間の心理」に関しての描写が素晴らしい。

この作者は他に「カイジ」や「アカギ」、「天」なども書いているがどれも素晴らしい作品だということを付け加えておく。
ちなみにこれらの漫画には女性の登場率が極端に少ない(魁!男塾級に)のでご注意を・・・

ちなみにこれら2作品は既に完結してるので、まとめて読破するのがよろしいかと・・・


とまぁ今回は2作品紹介してみたのだが、皆さんのお時間やお金に余裕がある時、漫画喫茶で読む本がない時にでも思い出して読んでもらえれば幸いである。


3104

最近のお気に入りの「健太やります!」も最新刊が発売されたのでコンビニで即買い即読破。もう続きが気になって仕方がない・・・
中国旅行記 ~おまけ~
とまぁ10日間掛けて強行された修学旅行とは名ばかりのサバイバルは、思いのほか学校側が力を入れてるらしくその旅行だけのアルバムと文集が編集されていたのである。
しかもその大きさは小学校や中学校の時の卒業アルバムと同じ大きさというかなりのボリュームであった。
これは参加者全員がもらえるかどうかは記憶があやふやだが、私の実家にも中国旅行のアルバムと文集が今でも眠っている。
文集はまたも親が見たらまたがっかりする内容の為割愛させていただくが、アルバムの方は凄かった。なにが凄いって説明すると、とりあえず開いた見開きは大抵どの卒業アルバムとかでも全員の集合写真が載っているのがパターンだが、このアルバムは














「万里の長城でバンザーイ!」してる写真が見開きにドドーンと写っていたのである。
しかも写真で一番デカく写っているのは「校長」やら「教頭」などの学校幹部の皆様方・・・
しかも万里の長城の通路に600人もいるのだから後ろの方なんかは正露丸みたいな大きさで写っており、もはや識別不可能な生徒も多数いた・・・
明らかに頭の中の大事なネジが何本か吹っ飛んでしまった編集能力なのだが、内容もこれまたいちいち凄い。

所かしこに「あれ?こんな所行ったっけ?」って言うような写真がてんこ盛りなのである。
まぁこれは私も悪いと言えば悪いのだが、様々な場所で行われてた行事や式典は各クラスの中間から後ろの方はあまりの人の多さで先頭で何をやってるのかさっぱり分からないのである。(参加者はおよそ600名)
だから「友好の為の記念品交換」等の写真があっても写っているのは例によって校長先頭にいる各クラスには数名いる優秀な方々の一部しか写ってないのである・・・











そのため一回くらいしか見てないような気がする・・・













それに合わせて各クラスごとの集合写真を販売してたのだが、こちらにもとんでもないものが写っていた・・・
目が白目になってたとか、霊が写ってたとかそんなレベルではなく衝撃的かつ奇跡的な写真であった・・・


皆様も修学旅行や遠足なんかで各クラス単位での集合写真を撮っていたと思う。我がクラスも例にならっていろんな場所で写真をとっていた。その中での「万里の長城」で撮った写真にそれは写っていた・・・










クラスメート全員が真面目な顔でカメラ目線を送っているそのちょっと横で、観光客相手にパンダのぬいぐるみなんかを法外な値段でふっかけてくるIQの低そうなおっさんが写ってしまっていたのである・・・

これでもちょっとした問題なのだが、それに加えて














鼻の穴の奥の方にあったハナクソを必死の形相でほじっている顔がバッチリ写っていたのである・・・(指なんかは小指第2関節付近までズッポリいってたし、顔が横に傾いてた。)








発見時にクラスで大爆笑の渦が巻き起こり、皆が回し見するくらいの衝撃であった。
しかも皮肉な事にこの写真の購入希望枚数がクラス最多記録となってしまったのであった・・・









とまぁ思い返していてもホントにロクな事がなかったなぁと書いてる時に改めて実感したくらいの素晴らしいロングジャーニーだった。




3104
中国旅行記 ~その8~
やっとこさ大陸での滞在を終え帰りの船に乗り込んだのだが、一行の平均体重は明らかに上陸前よりも軽くなっていたと思われる。家に帰るにはまだ3日間必要なのは重々承知なのだが、このサバイバル日程を既に7日間も消化していた我々にとってはもうさしたる問題ではなかった。

それよりも、あの食べれない船内の食事が3日も残ってる方が遥かに問題であった・・・

そうこうしているうちに夕食の時間となった。往路の時と同じ様に順番に呼ばれ食堂に向かう。
4日前と同じような手順で食事をテーブルに運び席に着く。
「またこれかよ・・・」
みたいな会話が所かしこに聞こえていたのだが、みんなもう腹を括って食べ物を口に運んだそのとき・・・





「あれ、結構美味しい・・・」




やら




「ん?美味いぞ!」




という予想外のリアクションが至る所で聞く事ができた。

そう、あの4000年の大地での食事を経て私たちは少し味覚に対する許容範囲が広くなったのかもしれない。っていうかそれくらい黄砂にまみれた大陸の食事が当時の私達には合わなかった事を再確認させられた。


そして船酔いになる人間も往路とは打って変わってほとんどいなかったのである。やはり過酷な環境に対する人間本来の適応能力が発揮された事を実感する一コマであった。

という訳で船内生活は往路とは打って変わって快適な環境で過ごす事ができたのであった。しかも先生たちもへばってきたのかは知らないが、明らかにガードが甘くなってきてて一歩間違うと世紀末的無法地帯になりかねない状態になっていたが、就寝後の見回りだけは相変わらずガードが固かった。

今でも思うのだが、あの「消灯後の必死の見回り」にどんだけ重要な意味があるんだろう?と今でも思う。
別に寝たい奴は寝ればいいし、騒ぎたい奴は騒げばいいと思う。確かに迷惑を掛けるのはよくないが、同じ部屋にいるメンツなんかはいつも仲の良い友達同士のはずだから素直に寝てろって言う方が酷な話である様に思う。加えて言うならこれは10日間に渡るサバイバルな祭りなんだから楽しまない方が損である。
とはいえあの先生方の見回りがあるからこそ「スリル」という刺激物がトッピングされるから、そういう点では必要なのかもしれない。


とまぁ話が少し横道にそれそうになるくらい心身ともに余裕をかましていたら、すっかり忘れていた事を思い出しはっとした。それは




「クラス単位で行うのレクレーション」
の事であった。

主要メンバーから完全な戦力外通告を受けてた私ははっきり言って何をやるのかも知らされてなかった。だから他のクラスの友達から

友「お前らのクラス何やるの?」

と聞かれても、

森「いや、よくわかんねーんだ。」

って答えるしかなかった。当然の様に

友「何内緒にしてんだよ~。」

って絡んでくるのだが、知らないものは知らないのであるから返答に大いに困った。

そんなチームワークの素晴らしさを1ミクロンも味わえない状態でレクレーションが始まったのだが、うちのクラスは女子全員+女子と仲の良い男子数名が女装をしてピン●レデ●ーの「U●O」を踊るというものだった。
内容に関してのコメントはどうでもよいのだが、それよりも面白かったのが、それを見ていたのがうちのクラスは根っこがダメな戦力外の我がクラスメート。男子クラスの生徒達は身を乗り出して見ていた。
やはり10日間という長期のため色々と貯めこんでいたものがあったのだろう、ほとばしるリビドーが会場を包んでいた。
挙げ句の果てには我慢できなかったのか「脱げ~~!!!」叫びだしてしまい、ここをどこかと勘違いしてるんじゃないか?って思わせるような奴も数名いた。
女子のクラスはかなーり冷めた目でその光景を眺めてた。

とまぁ賛否両論の嵐が吹き荒れるなかで無事に終了したのだが、やはりクラスの大半が感じてた達成感など味わえるはずもなく、完全に「村八分」な数名とともに部屋に向かうのであった・・・



そしてその後は大きなイベントが行われる事なく遂には秋田の大地に戻ってきたのである。


港では両親との久々の再会、正直感動はなかったが母親の料理が食いたいって言うのは真っ先に伝えた事は言うまでもない・・・






以上で長きに渡り執筆してきた中国旅行記はこれにておしまい。
この旅で学んだ事といったら、「人間は思ったよりも頑丈だった」というのと「グルメリポーターのリアクションは参考にならない」、そして英語はとっさのときに話せないと意味がない」って事ぐらいだったような感じである。
当時は16、17才のガキが何も分からないまま連れてかれたからこういう結果になったのかもしれない。
もしかしたら今の私が行ったらもう少し楽しめる旅行記が書けるんじゃないかな?って思うのだが、当分はごちそうさまって気分なのも否めないのである。


ご愛読に激しく感謝!

3104


中国旅行記 ~その7~
久々の旅行記の追加である。このままでは竜頭蛇尾になってしまうし、昔の私が中国に置き去りなのはちょっと可哀相なので、せめて日本の土を踏むまでは書き綴っていこうと思う。

ここ最近の生活は何故か急に忙しくなったりして長文を書く時間をあまり確保できなかったことをお詫びしたい。


「中国旅行記 ~その7~」


もう既に心も体もお腹も磨り減りすぎていた私は日に日に荒んでいく一方で、昼に行われる観光は座席の後の方で「エクトプラズム」が出てるんじゃないか?って言うくらいの無気力っぷりを発揮し、記憶がほぼない。唯一覚えていたのはあの「万里の長城」で参加した教師生徒全員(約600名)が「バンザイ」をして記念撮影するという国際問題に取り上げられそうな思い出ぐらいである。
そして食事は相変わらず修行の一環じゃないのに「断食」、夜はある部屋に集まり悪ふざけ(ここでの公表はほぼ不可能)、と何の為に中国に来てるのか実際に滞在しててもさっぱり分からない有様だったのだが、やはり空腹は思いのほかきつく最後の方は「和食食いて~!」が皆の中での合言葉だった。

そんな状況も遂に中国での滞在も最後の夜となり、ホテルでダラダラしてる時にふとバッグの中に入っていたある物の存在を思い出した。
そして何者かが乗り移った様にガサガサとバッグの下の方を調べてたら、希望の光とも呼べるブツを発見した。それは・・・








「味噌汁」(インスタント)



である。
早速、お湯を沸かしコップに注ぎ飲んでみる・・・
















「おいC!!!!!!!!!!!」













こんなにインスタント味噌汁が美味しかったことはやまだかつてない位の衝撃であった。


もちろん部屋に集まってた友達集にも酒を振舞うかのごとく味噌汁を振舞う・・・

するとあちこちから、













「うまいっ!!!!!」(テーテッテレー!)







「ねるねるねるね」のCMに出てたおばあさんみたいなリアクションを全員がしだしたのである。
やはり全員が大陸の食生活にはなじめなかったようである・・・


その日の夜は日本に帰れる喜びと、味噌汁の美味さと、明日の買い物に思いを馳せつつ眠りに落ちていくのだった・・・













そして翌日。
最終日の行事はこの旅のメインイベント「買い物」である。

これが目的でこれまでの苦行を絶えてきたんだと言わんばかりのオーラを全員が放ってた。
しかし買い物の場として用意されてたのが「潰れたデパートが会場のフリーマーケット」みたいな所であった。

ちょっとガッカリ感は否めなかったのだが、もうこの際細かいことは気にしないという気持ちの方が強く、我先にと買い物の会場へ飛び込んでいった。

結構品揃えが多く食品やら、衣料品、タイガーバームやらがあったのだが、











商品がそんなに安くない・・・











あるスペースなんかは商品にホコリがかぶってるのに値札だけが異様に新しいというイリュージョンまで起こる始末。



商品の値札を付け替えたんじゃないか?という疑問が終始消えない何とも騙された気分になってしまった・・・

しかし異文化コミュニケーションが出来ないガキの私たちはそれに抵抗するはずもなく、文句を言いながらもお土産を買っていったのである。

そんな私も家族へのお土産を大量に購入し軽く満足していた事が今はちょっと情けない。


そして買い物時間も終わりに差し掛かった頃、自分へのご褒美を買ってなかった事に気付き自分用のお土産を物色し始めた。そんな中ある物が
私の目に飛び込んでハートを鷲掴みにしたのである・・・












それは「ツバメの巣の缶ジュース」だった。










世界3大珍味の1つである「ツバメの巣」、それが缶ジュースで売っているというアンバランス加減と、本場中国で味わうのだから滅茶苦茶美味いだろうというありったけの希望を持って購入してみた。



そうこうしている間に買い物時間は終わりに差し掛かり、ぽつぽつと猛者達が集合し始めてきた。
そして友達と「何買った?」とか「ウソッ!?それどこに売ってたの?」等の会話が弾んでいる中不意に、皆が「ツバメの巣缶ジュース」に注目し飲んでみろとと言う要望を突きつけてきたのである。

まぁ別に飲む気バリバリ伝説だったから二つ返事で了解し、缶を開けて飲んでみることにした。




「いいなぁ、後で少しくれよ~。」




というハイエナどもの戯言を流しつつ、勝ち誇った姿でグイッ!といってみた・・・
















「マズッ!!」





かつてないくらいの不味さが口の中にほとばしる・・・
そして・・・





「飲み込めない!」




あまりの不味さに体が拒否してるのか、飲み込めなくて近くの花壇に肥料として噴射してしまった・・・



もちろん友達も

「あ、やっぱ俺いいや・・・」


と急に手のひらを返したリアクションをする始末であった。





あまりの衝撃に放心状態となってしまった私の心はフォースの暗黒面に支配され、






「くそがっ!!!ゴルァァァァ!!!」



と一口しか飲んでない世界三大珍味の缶ジュースを大地に放り投げてきてしまった・・・







今考えると自分の行為ジュースの味マヂ最低である。






遂に日本へ向かう船に乗り込む一行、無事に秋田に帰れるのか?
タイガーバームは税関に引っかからないのか?
そろそろ感動のフィナーレが近くなってきたが、今日はここまで。


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突き抜ける衝撃
昨日のライブから一夜明けた今日、異常に首と腰が痛い・・・


なんでかな?と思い直してみたら・・・




昨日のライブはジャンベを使わなかったので立って演奏してたなぁ、と思い返す・・・













じゃあ何で立ったまま演奏すると体が痛くなるのかというと・・・















立ってライブするということを今まで数えるくらいしか経験したことなかったので、その反動で異常にはしゃいでしまったのである・・・




ライブ後にマキタさんやドラムの内野さんから
「ライブ中かなり変な踊りしてたね~。」
と言われるくらいの奇怪な動き・・・





ライブの映像を見るのが楽しくもあり怖くもありというのが正直な心境である・・・




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マキタ学級LIVE
8/19(土)新宿JAM マキタ学級presentsイベント「RockerRoom」

最初はお客として観に行くつもりだったが、急遽出演者になってしまい驚きと緊張が体を走り回っている私。

かなり豪華な方々との対バンで軽い尿漏れを起こしそうだったのだがグッ!と堪えていた。


約一ヶ月ぶりのライブ(メンランのヘルプ以来)」って書くとあんまし久しぶりな感じがしないように思えるが、私にとっては長い感じがした。そしてステージに上がったときに何ともいえない感覚に襲われた。上手に表現は出来ないが、今までとは少し違う新しい感覚が自分の中にあった。


(まぁライブの内容はいつものように割愛させていただく。しかしながら今までにない編成でのマキタ学級のライブ、そして私が参加して初のライブ、お客様はどんな感想を持ったのかは正直知りたいところである。かなりドキドキものではあるが・・・)



そんなこんなでイベントも無事に終了し舞台は打ち上げ会場へ流れていく。


ここでもいろいろな方々とお話させて頂いたのだが、特に稲川淳二さんのモノマネをする「BBゴロー」さんが目の前でネタをやってくださって大満足&大爆笑だった。

和やかな雰囲気に包まれた打ち上げ会場からまた新たな繋がりが出来たことに感謝しつつ、家路へと向かうのであった。


今日は本当に感謝することが多く、また色々なことを吸収できたのではないかなと思う一日であった。


3104

(今回のライブに関して事後報告になってしまい誠に申し訳ございませんでした。次回は決まりましたら早めに告知したいと思ってますので、これからもよろしくお願いします。)
ゆっくりとゆっくりと
今日は滞り気味な旅行記の続きでものんびり書こうと思ってたら、ちょっと急いで準備しなければならない事が起きてしまったので、そのことに関して少し触れていこうと思う。


前に活動していたバンドの「鉄とメンタルヘルスケア」が活動を辞めてからある程度の時間がたち今に至る訳なのだが、その期間中に私自身の今後に関して色々考える時間を持ってみた。

様々な考えが頭の中を巡り、とりとめのない方向にまで一時期行ってしまったのだが、そんな頭の中で少し「この機会に「ある事」をやってみようかな」と思う事があった。それは「あるバンドに手伝いでもいいので参加させて欲しい」という事であった。


しかしそれを実行に移すには正直自分の心の中ではかなり高いハードルに思えた。(どうも私の性格はマイナス思考らしいのでこの件に関しても特にそう思えた。)
けれども自らが手繰り寄せないことには始まらない事が分かっていた為、震える心と足に気合を入れ、意を決して行動を起こしてみた・・・



結果はよい返事をいただき、本当に嬉しかった。
そしてそのバンドの本日がリハーサルだった。
パーカッションの機材を持っていき、メンバーの皆さんとの音合わせ。
相変わらずリハは異常に緊張するのだが、何とか無事に出来たのではないかなと思った。
そんなリハの最中にふとこんな事を言われた。


「明日のライブサポートのパーカッションで出てよ。」



「えっ!?」

正直ビックリした。以前の話では10月に行うライブでの参加予定だったのだが、急転直下で2ヶ月も前に早まったのである。
けれども・・・





「喜んでやらせていただきます。」

答えはもう決まっていた・・・














8月19日新宿JAMで行われるマキタ学級のライブにサポートパーカッションで参加します。


正直ビックリしてるし心の準備等が色々あるのだが、そんな事を言ってる暇もない。今はただ目の前にある問題に己のベストを尽くし乗り越えるのみである。


シャーーッ!!!頑張ろう!


3104

渡されたお土産
東京よりも全然暑い日々を何故か秋田で送ってしまい、暑さを凌ぐという目的での帰省は大いに失敗してしまうのであった。
そして本日無事に秋田から東京へと帰ってきたわけなのだが、帰り際に友達からある1枚のDVDをお土産に貰った。


それがこちら

UPBH-1183.jpg



「全日本コール選手権」

というDVDである。

友達が異常なくらいプッシュしてきたので、帰宅直後に速攻で鑑賞したのだが…













「ガハハハハハ!!!!!」




とうかつにも爆笑してしまった。

これについての感想は無茶苦茶あるのだが、上手く説明できる気がしないのでレビューは控えておく。しかしながら・・・











みうらじゅん最高!!






3104
青い空と白い雲
盆や正月くらいしか実家に帰ることがない私の秋田での過ごし方は、地元の友達(いつも集まる友達は中学校3年からの付き合いで既に10年以上経過してることに最近改めて驚いたのであった。)と遊んだり呑み歩くというのがメインなのだが、今回は特に召集回数が多く毎日出歩いていた。


居酒屋には2回、友人の家で1回、海でBBQとまぁ普段はお酒をあまり呑まないのだが、今回は自分の中では大量に呑んだほうである。
(これに加えて親戚の集まりなんかもあり、その時も例に漏れず呑まされ続けた…)

そんな数ある飲み会の中で、海でBBQした時にあまりに景色が綺麗だったから記念に一枚撮ってみた。



BBQ.jpg




そんな灼熱の世界に連れてかれ、海辺でギターを弾いたり(明らかにBGM要員)ダラダラして、適当に肉を食っては呑んでを繰り返してた。


特に何があったというわけではないが、何事も無く平穏に過ぎていったというのが田舎での風景なんだなと感じた。




そしてBBQも終わり家路に向かう途中でとんでもない事に気付いた…














今日一日腕時計を付けたままだったのである・・・








20060818172934.jpg



天然のホワイトバンドの完成である。




そして当分腕時計をはずせない生活を余儀なくされるのであった…



3104
ただいま帰省中
私は今実家の秋田に帰省してる最中なのだが、久しぶり(正月以来)に訪れた秋田に微妙な変化が起きていた。

来年には我が地元の秋田で国体が開かれる為、新しいホテルや道路の新しい道路の開通に向けて様々なところで工事が行われてるのは以前からなのだが、今回は意外なモノが秋田周辺でブームになっていたのである。
それは・・・
















コイツである

http://homepage1.nifty.com/nexus/neiger/



そうローカルヒーローである。



この存在を発見したときにメチャメチャ笑った。
(一番面白かったのは「教えて!ネイガー」のページ。Q&A方式で質問に答えるのだが、QとAの横に付いてる秋田弁が最高!)
もう設定から名称に至る全てに秋田にまつわるものを入れてる細かい設定とその気合の入れようには、ただただ頭を垂れるのみである。

ちなみに私の友達やら両親はみんな知ってた。いま秋田では物凄い人気らしい。

お時間があるときにどうぞ、かなり笑えます。




頑張れ超神ネイガー!!!




尚、ネイガーのHPにはふんだんに秋田弁が盛り込まれてるので、困った時はこちらを参考にして頂けたら幸いである。
「秋田弁大辞典」

http://www2.ocn.ne.jp/~wan2/akitaben/daijiten.html



今回は郷土愛に溢れてる3104より
中国旅行記 ~その6~
今回も前日に引き続き高校生の時に行った修学旅行中に起きたハプニングに関してズラズラ~っと書いていこうと思う。
やはり今になってもある程度覚えているということは、その当時の私の心にかなりのディープインパクトを与えていたことは言うまでもないだろう。
さて本日は当時の私のクラスと担任の先生に起こった事件簿を紹介していこう。


事件簿その?

「英語は世界共通語」



高校の時の私の担任の先生(女性)は受け持ちが「英語」で3年間一緒だったのだが、この先生は事あるごとに

「英語は世界共通語!」

だの

「常に英語を喋れるようにならないと、これから先の時代に取り残される!!」

など他にもいっぱいあったのだが、要は英語が出来ない奴は問題児です!みたいな感じの事を常々言われてきていた。
しかも今回の中国への修学旅行に至っては「中国語」よりも「英語」の方に重点を置いて補修とか組まれていた。


まぁそんなに頑張っても実際現地に着いてみると、思ったより英語を話す機会も無く(現地の学校との交流会もあったが、向こうも英語に慣れてなかったので片言の英語とボディランゲージで事足りた。)
「あの補修は何だったんだ?」
とクラスの大半の生徒(主に男子)が思っていた。


そんなある日の夕食後、レストランで食事を済ませてホテルに帰ろうとバスに乗り生徒の数の確認をしている時、何故か現地の人(2,3人)がバスに乗り込んできたのである・・・


乗り込んできた現地のおっさん集団の手には「パンダのぬいぐるみ」が握られており、どうやら世界各地でよく見られる「何も知らない観光客にボッタクリ級の値段で押売し生計を立てる集団」の方々の登場であった。

日本ならば駅前に横たわる家なき子(メッカは新宿)なおっさん的風貌で、正規の商品を扱ってるとは思えないのだが、何故か自信有りげにニタニタ笑いながらバスの中に入ってきたのである。


そんな想定外の所での異文化コミュニケーションにビックリしてしまい、女子生徒からは
「キャーーッ!!」
と叫び声が出る始末。車内は一気にパニックに陥ってしまったのである。

しかしおっさん達は少しも怯むことなく、手に持ってるパンダを見せては
「●●元、●●元、ヤスイヨ。」

片言の日本語と安い笑顔を振りまいてズカズカと車内中央まで乗り込んできたのであった。


私はバスの一番後ろの座席からその光景を無気力に眺めていたのだが、
真ん中や、前の方の席にいた正義感に溢れる男子クラスメートは
「出て行けYO!!!」
とか
「マジ殴るぞ!!!」
等の日本語ではあるが必死に立ち向かう姿勢を見せてた。

しかし異国の地でキッズが吼えても効果はナシ、自然と担任の先生にすがる様な目に変化していった・・・
そんな迷える子羊45名を守るべく担任が立ち上がり、おっさん達に近づき毅然とした態度でこう言い放った・・・













「あっちいけ!!!」












クラス対抗の運動会で負けてもあんなに落ちこまないんじゃないか?っていうくらい皆が落胆してた・・・

普段から「えいご」「エイゴ」「英語」って口がすっぱくなるほど言って、しかも中国の人と話すときも英語を使えと散々言われてきたのに、
当の本人はここ一番で「日本語」ですか・・・


そんな学もカネもないおっさんに日本語で言っても通じないのは火を見るより明らかなのに・・・


当然ダメ生徒集団からは
「英語で行けよ!!!」
とか
「普段から俺らに言ってることやってみせろや!」
と野次られる始末・・・





しかも先生は何かにとり憑かれた様に

「シッ!シッ!」

と日本語モロ出しで応対してた・・・


当然おっさん達はガン無視で先生の威厳は地に落ちてしまった瞬間であった。



結局おっさん達は誰も買わないと分かったらしく、笑顔が急に消え渋々
引き下がったのだが、車内は嵐の後の様な有様で皆放心状態であった。


その後、英語を話すことなく旅を終えるわけなのだが、先生も期間中は口うるさく「英語!」「英語!」とは言わなくなった。


まぁ言われてきてたことは確かにそうだと思うんだけど、なんだかなぁ・・・って思ってしまった中国でのさびしい一コマである・・・


3104

中国旅行記 ~その5~
もう既に説明すると心が痛むくらいにろくでなしブルースな修学旅行に参加してしまってる私・・・
やはり文化の違いに悩まされることもあり、心や体が付いていかない事も多々有とホントに大変な毎日をこの期間過ごしていたのだが、そんな中で起きたビックリするような事件のいくつかを今日は紹介していこう。
もちろん今回の事件簿は中国での滞在期間に起きた話である。


事件簿その?

「トイレにて…」


今回は一応「修学旅行」という形を取っている為、様々な観光スポットに一日中連れまわされるわけなのだが、やはりその時どうしてもトイレに行きたくなるのは悲しい人間の性。頑張って夜にホテルでゆっくりと大なり小なりをしたい気持ちはみんな持っているのだが、我慢できるはずなどなく訪れる観光スポットで済ませなくてはならなかった・・・

しかし(今はどうか分からないが)当時は有料無料の2パターンのトイレがあった。当然誰しも無料に行きたくなるのだが、これまた酷い有様でとてもじゃないがデリケートな日本人にはそこで用を足すには厳しい状態であった…

そこで渋々有料のトイレを利用するのだが、こちらは公園のトイレみたいな状態であったがまぁ何とか利用できる感じではあった。
しかし男子生徒は小は利用できても大はどうしても利用できなかったのである。それは…















「扉がない!!」







のである・・・(結構有名な話かもしれないが)

いやマジでその現実を目の当たりにしたときは腰が抜けてしまった。
横の仕切り板はあるのだが、前が何にも無い・・・
(場所によっては小をするスペースの真後ろに大のスペースがある所もあった。)
ここの国の人は4000年の間に恥じらいも捨ててしまったか?と思うくらい当時の私には衝撃的だった。

そんな筒抜けの状態でウ●コさんなど出来るはずも無く、しかも高校生になっても大をした生徒を末代まで辱めるという悪しき風習はおさまっていなかった為、ボーイズたちは必死に腹痛をガマンしていたのだった・・・

そんな中ある野外の施設(動物園?)を訪れた時のトイレで用を足してた際に、不意に後に人の気配を感じた・・・後は例の大をする場所であった事と、いまこの施設にいるのは私達日本人だけである・・・
後から人の気配を感じる事はないはずなのに、確かに人がいるみたいなのである。意を決しておそるおそる振り返ると・・・













無茶苦茶怖い体育教師がデカイ方をしてたのである・・・(この先生は生徒から893というあだ名を貰うくらい位それはそれは恐ろしい先生であった。)










一瞬目が合い、しばしの沈黙の後、












「何見でんだ!ゴルァァ!!」


と何故か怒鳴られてしまい、
「ひょえ~~!」
という叫び声を発し、チャックも閉めずにその場から一目散で立ち去ったのであった・・・



なぜこんなところで怒られなきゃいけなかったのかは物凄く謎なのだが、やはりいくつになっても排泄の行為は他人に見られたくないものであるというのは今回身をもって分かった。




というかマジでドアくらい付けて!!!

せめて観光地のトイレだけでも!!!




3104

相変わらずの長文癖が出てしまった為、もう一つの事件簿はまた次回。









ちょっと小ネタブレイク
祝!! 
ロックインジャパン出演!!!!!!!



























My ジャンベ!!!!

証拠画像

http://www.rijfes.co.jp/06/quick/0806/14/index.html


ここに写ってるジャンベは私のです。












マジうらやましい!!!!!!!













自分の楽器に嫉妬する3104
中国旅行記 ~その4~
~前回の続き~
船酔いよる被害を受けずに至って健康な体なのだが、相変わらず食生活には慣れず食事を残してしまうという今の私からは考えられない状態に加えて、無気力なクラスメート数名と共にクラスの団結の輪からハブられてしまうという何のために参加してるのか目的の見えない修学旅行に身を置いている私の些細な旅日記である・・・



踏んだり蹴ったりな修学旅行も4日目を迎え、ついに4000年の歴史育む中国大陸に降り立ったのであるが、相変わらずのハプニングがそこには待ち受けてたのだった・・・

名称はもう忘れてしまった港に到着した「日出ずる国」から来た田舎者集団(生徒、職員合わせて約650名)はこれから過ごす異国での生活に思いを馳せていた。(目的地は北京とその周辺。もちろん万里の長城も見て回る事になっていた。)

実際に私もその周りもとりわけ食事に関する事に関しては異常とも思えるくらい期待していた。
船内での予期せぬ断食生活もあってか、本場の中華料理を食べられるというのがさらに私たちの胸を躍らせた。
あのテレビなどで放送されるグルメ番組や旅番組の中で紹介される「本場中国の味」。そしてそれを美味しそうに食べる芸能人みたいなのを生で体感するんだなと頭の中ではひっきりなしに希望が渦まいてた。


そんな私たちの心を察してかは知らないが、今回の旅で回るレストランはそれはそれは高級店ばかりだった。
「北京ダック発祥の店」やら「政府関係者等の来賓しか食べれない店」やら贅の限りを尽くした高級店がプログラムには目白押しであった。


観光スポットや遺跡巡りも上の空。一刻も早く中華料理を食べたい衝動に駆られていた私には、全くと言っていいほど観光等に関する記憶がなかったのである・・・


そして時間は進みとうとう念願の本場中国での中華料理を食する時間がやってきた!?
今回のレストランもそれはそれは高級店のたたずまいで、獅子舞なんかをやってくれそうなくらいの立派な店であった。
その店に入り、店員の案内により先生や生徒が順番に席に付き後は料理がくるのを待つ状態になった。もちろん各テーブルからは
「いや~、本場の中華料理だぜ!?」

「俺、死ぬほど食うYO!?」

「食べたいのは早い者勝ちな!」
(料理がテーブルに一人分ではなくドドーンと全員分来るタイプだった為)

というこれから先は修羅場になるだろうと思わせるアグレッシブな意見が頻繁に飛び交っていた・・・
私もそんな生徒の例に漏れずF1のスタートのごとく待ちきれない気持ちがうなりをあげていた。



しばらくおあずけの状態を喰らっていたが、ついに料理が運ばれてきた!!!
まず始めはスープと饅頭と焼きそば。

どのテーブルでも同じ様に我先にと飛びかかり食料をゲットしていく・・・
その様はまさに「北斗の拳」のようなわずかな水と食料を争う暴徒のような絵図であった。
そして各自取り分け終わった所で

「いただきま~す!!!」(この時はみんなやたらに声がでかかった。)



と言う合図がかけられ、念願の中華料理を堪能する時が来たのだが・・・


























「マズッ!!!!!!!!!!!!!!!」














本当にびっくりした。中には

「これ、マヂでマズッ!!!!」

と口に出して言うチャレンジャーや


「・・・」


と無言で箸を置き、静かに抵抗を示す者もいた・・・


その後多種多様な料理が運ばれてきたのだが、ここでも私たちの口合うものは出てこず、最初にてんこ盛りでよそってた人は隣の人が見てないスキに自分の分をお裾分けしていた・・・(特に焼きそばの味がショックでかかった。マジで食べれなかった。)

こう言っては失礼だが船内のレストランよりも食べれなかった・・・
各々が想像していた味と実際に食べた物の味のギャップがあまりも激しかった事や、味付けが「現地の人向け」だった事などが、私たちの箸が進まなかった原因のように思う。

様々な要因が重なり、テーブルの上には手を付けてない食事がもっさり残ってた・・・
いくら「食べ物を残す事」が中華料理のマナーとはいえ残し過ぎだろ?っていうくらい残ってたし、挙げ句の果てにはゲームで負けた奴が罰ゲームで食べるというかなりバチ当たりな事をしていたテーブルもあった・・・


しかも飲み物でだされたジャスミン茶がまた高校生の私たちには斬新すぎて全く合わなかったのである。(みんな最後は水ばっか飲んでた)



(結局この店だけ合わなかったのかな?と思ってたのだが、これから行く先々の店でも同じような光景が繰り返され、最後の方は抵抗する力すらも奪われた状態になっていた。)


今度は食べ物も飲み物もダメ、当然言葉も通じないという八方塞がりな中国滞在の旅はまだ幕をあけたばかりである・・・



きっと今なら美味しく食べれそうな気がするが、あの当時は全く食べれなかった3104より
全ては些細な出来事が始まりだった・・・
今結構な労力で「中国旅行記」の執筆に励んでいるのだが、ちょっとしたブレイクの意味合いも込めて週末に起きたとんでもないハプニングの話をしていこうと思う。


8/5の土曜日の話。
この日は新宿の「RUIDE K4」という所で以前にサポートを努めさせていただいた「メンズショップランジェリー」のイベントが行われた。
この日ももしかしたら私がドラムを叩く可能性があったのだが、無事にメンバーの方が退院されたという事で、お客としてこのイベントに参加する運びとなった。

このライブハウスは初めていったのだが、「まぁ凄いとこにあるなぁ・・・」というのが最初の感想であった。夜の蝶が舞う歌舞伎町の夜の町にドドーンとあるライブハウス、隣も周辺もみんな夜の店であった。

何度か道に迷いつつも夜の誘惑を受けずにライブハウスに到着し、早速入り口でメンランの皆さんと再会。メンランメンバー、スタッフ共にハッピを来てのお出迎えしていただき、メンバーの気合いの入れっぷりを確認しつつしばし雑談。

ライブの鑑賞をしつついろいろな人と話をしていた時、不意にメンランスタッフの人が
「YOUもHAPPY着ちゃいなYO!!!」
かすりもしないジャニーさんのモノマネでハッピを着ろと強要してきたのである。
最初は返事を濁してたのだが、この保険の勧誘のオバサン級に迫ってくるスタッフの押しの強さにいつもの悪いクセ(「No」と言えない)が顔を出し、根負けしてハッピを着たのである。


この出来事が後に起こるとんでもない出来事のキッカケになるとはこの時は夢にも思わなかった・・・


その後ハッピを着た状態でライブ会場へ足を運び「ツバメ」と言うバンドのライブを堪能してた。



ライブもクライマックスに差し掛かり、最後の曲を演奏中にボーカルの方が客席に飛び込みお客さんを煽りだしたのである。バックの演奏がグルーヴを生み出しヴォーカルが客を盛り上げる・・・
その姿を後ろの方でMSPのNAOTO氏やもんぞ~氏と眺めてたら、不意に誰かに前に押されたのである・・・

「何だ?お客さんがいっぱい入ってきたのか?」

と思って後ろを振り返って押している人を確認しようとしたら・・・













なんと「ツバメ」のヴォーカルさんが私を前に押し出しているのである・・・
(多分ハッピを来てたからメンランファミリーの一員と識別し、それなら大丈夫だろうと推測したと思われる)











「マジかよ・・・」
と思ったのも束の間、あれよあれよという間にステージの真ん前まで運ばれてしまった・・・








しかも
「上に上がれ!」
と熱烈なサインを送られてしまったハッピを着た迷える子羊・・・










当然のごとく「No」とは言えずステージに上がってしまった私・・・














ものすごい数の視線を一斉に浴びてオシッコがチビリそうになったのは今でも忘れない・・・










そしてステージ上でヴォーカルさん(初対面)と肩を組み演奏に合わせて体を動かす私。

「そろそろ終わるだろう・・・」

と思ってた矢先とんでもない指令が言い渡される・・・・

















ヴォーカルさん(初対面)がマイクを渡し、「後は任せた!!!」みたいな合図を送ってステージから立ち去ってしまったのである・・・














ステージ上に取り残された思い出迷子の私、他のメンバーの方もベースのキムラさんが一度あったきりというとんでもないアウェーの中にいる私・・・

















しかも演奏が一向に終わる気配がないのである・・・














長時間ステージでボーッと立っているのもシラケるし、かといってステージから降りるとぶち壊しになってしまうし、演奏は終わらないし・・・















「DOする?」×∞の押し問答の果てに・・・


















「YEAHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
(ホントに即興で)








歌いだしたのであった・・・・














いや気持ちE!!!ねコレ、そして意外な所でヴォーカリストデビューを果たしてしまったのである・・・










その後何回か歌って(私には永遠に続くと思ったくらいの長さで)無事(?)ツバメのライブはフィナーレを迎えた。









最後は気分が良くなって調子こいて





「みんな!アリガトーーーーーーーーー!!!!!!」




と叫ぶ始末・・・驚きのライブであった・・・・








最初から「No」と言っとけばこんな事には巻き込まれずお客として楽しめたのだが・・・













気持ちよかったからOKと言う事にしよう。







3104

(ホントにご迷惑をおかけしました。あの姿を見て楽しんでくれた人がいれば幸いです。)
中国旅行記 ~その3~
~前回からの流れ~
いよいよ船に乗って秋田港から中国に向けて出発したのだが、船内生活と食生活になじめず一向にモチベーションのあがらない生活を営んでいる情けない高校2年生の話。



夕食も満足に食べれなかったデリケートな私(達)の胃袋はこの旅を通してかなり小さくなってしまうのか?という不安を覚えながらも、部屋で相方とダラダラ音楽を聴いたり雑談したりしてた。
しかしながら食べ盛りの高校生の本能が牙を剥き、押し迫る空腹に耐える事ができなくなってきてた。
そんな悩めるボーイズ&ガールズの助け舟となったのが食堂脇にある売店であった。そこには船の土産やら日常用品などがおいてあったが、それよりも目を引いたのが「お菓子(ジャンクフーズ)」の存在であった。
砂漠で発見したオアシスの様にまぶしい売店に向かったのだが・・・









案の定同じような境遇の生徒たちで大賑わいをみせてた・・・




しかもお菓子コーナーの部分だけ人が異常にモッシュしてたのである・・・


結局売店のお菓子類は旅の最終日まで満員御礼の状態であった。絶対異常に儲けていたはずである。なかには「お菓子を買い過ぎてこずかいが無くなった。」という救いようのない生徒もいた・・・






とまぁ食生活に苦しむ現状の中、それに加えてというか当然のごとく「船酔い」に苦しむ生徒の数も急激に増えていった・・・


(私は船酔いはしなかったが、船の通路の至る所でトイレまで我慢できなかった物体(もしくは拭き取った後)がモロンと転がってて、ちょっと「もらい●●」をしそうになった。)


食事には一向に慣れず口に入れる事すらもままならないのに、船酔いのせいで吐き出す量の方が多いという修学旅行とは名ばかりの「苦行」が続いていくのであった・・・


そんな厳しい現状に見向きもしない無慈悲な先生方は、何をトチ狂ったのか「お互いの親睦を深めるために各クラスで何か出し物をしよう!」なんて迷惑100%な事を言い出したのである。
(開催はたしか帰りの船だった気がする・・・)


さてそのあおりを受けて困ったのは我々生徒たちである。船酔いや食欲不振でダウンしそうになりながらもどっかの会議室を借りてクラスのミーティング・・・数名は動けずに会議に不参加したり、半数は死んだ魚のような目をしてた(特に野郎が)。


こんな時はたいてい一部の女性がしゃしゃり出て決めていったりするパターンが多く、今回も例に漏れず一部の地域での強引な決定により進めてられていくのであった。
(補足:私の高校のクラス編制は男子だけのクラスが7クラス、女子だけのクラスが4クラス、共学が4クラス(だった気がする・・・)。ちなみに私は共学のクラスにいた。)

そして次々と出し物に関しての役割が割り振られていくのだが、私と相方を含む一部の男子には全くお声がかからない・・・















そしてこの出し物に関する事柄を取り仕切ってた女性が
「以上が仕事の割り振りだから、みんな頑張って成功させようNE!!!」
と衝撃的発言を口にした・・・













全く役目がない男子が数名いるんですけど・・・















そう、やんわりとかつダイレクトにハブにされたのである・・・
















しかも2回目以降のレクレーションに関する打ち合わせにも呼ばれなくなるというイリュージョン・・・






もう、気の弱い人ならリストカットするんじゃないか?ってくらいの扱いを受けてますますダークサイドに落ちていく私がいた・・・



黄砂にまみれた中国大陸はまだ見えない・・・



3104
中国旅行記 ~その2~
~前回の続き~
期間が10日間という長期に渡り、しかも船内の滞在が片道3日間(往復6日間)というアンバランスな設定な高校の修学旅行に半強制的に参加されられた迷える子羊の私。
とりあえず今回は往路をダイジェストで振り返ってみる。


旅行前の参加希望の時には
「俺いかねーよ、めんどくせーし。」
という強がりの意見をかましてる生徒が結構いたはずなのに、そんな彼らも出発の際にはほとんどいて、結局は各クラス大半の生徒(合計だとおよそ600人以上)が参加してたという現状であった。そのため移動に用いられた船もかなり大きい客船が使われたのである。


その後よく分からない開会式みたいなのを何も無い港のど真ん中で行い、軽く辱めを受けた状態で船内に乗り込んでいくのであった。
(校長先生が拡声器でピーッ!ガーッ!ってハウリングを起こしながら生徒に気合を入れてたような気がする。)


相変わらずテンションは一向に上がらないまま船内に乗り込んでしまったのだが、ここで一つ何ともいえない大人の世界を感じてしまう事となる・・・

全員が船に乗り込み各々の部屋を探していくのだが、客船とはいえ全てがデラックスな客室ではなく様々なグレードの部屋が用意されていていたのである。

まず普通科の生徒が押し込まれた部屋は地下の「8人部屋」もしくは「6人部屋」とまぁ狭いスペースに強引に押し込まれ、2日後には部屋全体が「男臭」が経ちこむだろうという部屋だった。
(2段ベットが部屋の四隅に立てられ、中央に申し訳程度にテーブルがある状態。しかもカプセルホテルみたいにベットには一応カーテンが付いていた。)


「マジやだなー。」


って思ってたら、私が(一応)所属してる進学科は全員「2人部屋」にあてがわれたのである・・・明らかに8人部屋より大きい部屋にベットが2つドドーンとあってしかもトイレ、シャワー、TV(ほとんど見れなかったけど)付。棚やテーブルがオサレに配置してあり、窓から景色も眺められるグレードが飛びぬけて良い部屋だったのである・・・
(当然6,8人部屋の場合は共同トイレと大浴場である。)












いい部屋になって嬉しいのだが、
大人の力によるあまりの差別化になんともいえない気持ちになってしまったのである・・・











いや~気まずい・・・
普通科にいた友達は「8人部屋」で常に人目を気にしつつ動けばモッシュ。自分は「2人部屋」でマターリと外の景色を眺めるセレブライフ。
払っている修学旅行費は同じなのに・・・

しかもこの期間中ずっと友達に
「頭良いヤツは違うね~~。」
とチクチク責められてしまった・・・
ホント一歩間違えば友情崩壊にも繋がりかねないくらいの露骨な差であった・・・
さらに追い討ちをかけるように、船の食堂の場所が私たちが泊まってる「2人部屋」を通らなければならず、そのたびにモッシュ部屋の住人達からは冷たい視線を喰らっていた・・・
(「お前らだけ良い部屋に泊まりやがって」的な視線)

まぁ別に気にしなくていい事なのだし考えすぎなのかもしれないが、なんだかなぁという思いは最初はあった。しかも
「この旅行でお互いの友情を深め合おう!!!」

なんてフレーズをハウリつつ開会式で熱く語ってたのに、蓋を開けてビックリの様々な格差。
深めるどころかキッカケすらもなくなりそうな事態に何とも言えない感情があった。



しかし旅行の最後の方ではモッシュ部屋の方から色々な「エロス伝説」が生まれてたし、毎晩毎晩熱い夜を過ごしてたようだから、それぞれで旅行を楽しんだのではないかなと今では思っている。




各自荷物を置き、部屋でダラダラしてたら昼食の時間に差し掛かったので食堂へと移動した。
食堂は一度に600人も入れるほどのキャパシティは無い為、クラスごとにトコロテン方式で食事を済ませていくのである。そして連絡は艦内放送でおこなわれていた。


「●組の生徒は食堂前に集合してください。」

という担任のアナウンスを聞いて一路食堂へ向かう私。全員集合を確認して船内での初の食事にありついたのだが・・・
















「マ、マズイ!!!」(今では失礼な話だが)













いやホントに「いただきまーす!!」って気合入れて皆食い始めたのに、一口食べたら全員が

「・・・」


となってしまい箸が止まったのである・・・


結局ほとんどの生徒が食べきれずに残してしまい食堂を後にするのだった・・・



どうやら今回の修学旅行には「船内ガマン」と「断食」も含まれているようである・・・



まだまだ大陸は見えず不毛な船内生活は始まったばかりである・・・


続く


3104





*食事の事に関して今の考えを追加

大半の生徒の食生活は両親の「手料理」ばっか食べてる環境だったし、せいぜい土日の昼にカップ麺やらのジャンクフーズ。
体や考えは大人びてきてはいるものの、そういった食生活等に関しては
まだまだ子供。そんな中急に親元を離れ知らないコックの作った料理を食べることになったことで、体が違和感を感じたのかもしれない。
それに加えて船での生活事態が始めてであり、その緊張もあって異常に食事を楽しめなくなったのかも知れない・・・
まぁ私も往路ではほとんど食べ切れなかった。






中国旅行記 ~その1~
いつも私が日記を書いてる際に使っているカテゴリの「心と体」が8/1をもって100件に達した。これからも暇あれば続けていこうと思っているので、末永くご愛読のほどをよろしくお願いします。

今日はいつもの旅行記の舞台が海外になってのお話である。


時は高校2年生のときの話、私の通っていた高校の修学旅行先はなぜか中国で、しかも移動手段は「船」という何とも従来の高校生の行く修学旅行とはかけ離れたものであった。
(ちなみに私には6歳下の妹がいるのだが、彼女も私と同じ高校に通っていた。そして妹の在学時の修学旅行は「飛行機」シンガポールであった。)

とまあ高校生の青坊主が中国までいって何を学ばなければいけなかったのは未だにわからずじまいなのだが、とんでもないスケールのでかさでこの旅行は進行していくのであった。


ちなみにこの修学旅行は何故か自由参加の形式を取っていて、参加するしないは個人(親)の判断にまかされていた。
当然無気力世代のストライクゾーンにいた私は心の底から行きたくなかった(出不精なのはこの当時からも根付いてた)のだが、親はこのバカ息子は家にいてもロクなことはしないだろうという考えを柱にして「行ってこい!」の一点張りであった。
しかも仲の良い友達も参加する事になったので、渋々その要求をのむに至ったのである。
そしていつぞやの日記にも日記にも書いた犯罪者顔のパスポート写真」もこのときに作成した。

しかもその忌々しい修学旅行のおかげで「特別授業」も追加されてしまった。(主に中国の文化を学び、中国語の勉強)
確かに中国映画も好きだし中華料理も好きなのだが、人生で一番ひねくれてたこの時期は何をやっても斜めな考えや後ろ向きな発言しかしなかった私には、かなりしんどい時間であった。


さてこんなにだらだらと前置きを述べてしまったのだが、なぜこんなにも中国への旅を渋るのかというと、日程がこれまたあり得ないスケジュールで組まれていた事も要因の一つ
に挙げられる。


旅行期間:10日間

というとんでもない長期間にたまげたのだが、その内訳を知りさらに尻子玉が抜け落ちるくらいの衝撃を受けた。まさに全米が震撼した・・・
(内訳)
出発地:秋田港

往路での船内滞在期間:3日

中国(北京)滞在期間:4日

復路での船内滞在期間:3日

到着地:秋田港

とどう考えても中国にいるより船の中にいる方が長いというあり得ない日程である。どうせなら「ザ・船内滞在サバイバル!おまけで中国滞在。」という名前に変えた方がいいんじゃないかって思うのである。


当然のごとく心も体も乗り気でない状態で修学旅行当日を迎えた訳なのだが、この先予想だにしない出来事が色々起こってしまったのである。


続く


3104
世の中ゼニや!
とまぁいつになくインパクトのある題字で今日の日記を書き始めるのだが、やはり今の世の中は「お金」という潤滑油がうまく作用しているから、経済なり社会が維持できているというのはまぎれもない事実である。

そりゃ私もお金はあればこしたことはないし、無きゃないで困るのも正直なところである。
しかし私は以前知り合いに手相を見てもらった際に

「お金には期待しない方が・・・」

みたいなことを言われたし、性格占いなんかしても

「あなたは他人からは理解されない分野に大金をつぎ込む性格のようです。」

と見事にお金は貯まらない性格なり人生だと診断されてしまったのである・・・



今日はそんな常に貧乏な私に降り掛かったお金にまつわるエピソードを綴っていこうと思う。


私が池袋に引っ越してきて2年目のお話(3年くらい前の話)。
私は池袋西口付近によく出没していた。今でもそうなのだが、池袋西口のTSUTAYAとROSA会館のゲームセンターなどをよく利用してた。
そこの界隈は「ロマンス通り」と名付けられてるがロマンスとはお金で買うロマンスですか?と聞きたくなるくらいキャバクラや風俗関連の店が建ち並び、呼び込みのお兄さんが束になって通行人の行く手を阻むのはもはや日常風景となっている所である。

そんなある日のこと、当時所属してたバンドで前日池袋でライブがあり打ち上げが朝までコースになった帰りのことであった。
朝の「西口ロマンス通り」は夜の喧噪とは打って変わり呼び込みのお兄さんの代わりにゴミ袋が至る所に捨てられているという風景になっていた。そんな中をライブと打ち上げで疲れた体を引きずりつつ家路へと向かっていたのだが、目の前に急に女性が現れたのである。

最初は「今から電車に乗って帰るんだなぁ~、私と同じような人がいるんだなぁ。」なんて思ってたのだが、どうもその女性は私に向かって一直線に向かってくるのである・・・

「おっ、こんな所から始まるランデブーか?」
なんて勝手に頭の中で妄想にふけっていたら急にその女性に腕を組まれたのである・・・


「おっ!ホントか!?なんてアグレッシブな・・・」
なんて妄想が馬車馬のごとく頭の中を駆け巡っていた瞬間に・・・












「シャッチョサン(社長さん)!!!マッサージイカアスカ(いかかですか)?」
と片言の日本語で「日沈む国」の女性が猛烈なアピールをしてきたのである・・・


淡い期待も一瞬で吹き飛ぶ結果にがっかりし無視して帰ろうとするのだが、この4000年の歴史ある国の女性は腕にしがみついたまま離れようとせず、挙げ句の果てには耳元で話しかけようとしてくる始末・・・

そんな誘惑にもめげず家路に向かい歩を進めていたのだが、急に耳元で









オニイサン(お兄さん)、カコイイカラ3000エンデイヨ(カッコいいから3000円でいいよ)。」







と言い出してきた・・・もう女性の目は「¥」マークで輝いているのがハッキリ見て取れたのである。













不覚にもこれにはちょっと心が揺れてしまったが、イカンイカンと言い聞かせ誘惑を振り払う。しかも私の現在の所持金は1000円しかなかったので逆立ちしても無理なのは火を見るより明らかであった・・・
しかしながらこの女性は無視して歩いても付いてくるので正直に己の現状を話すことにした・・・






「今1000円しかないから無理だよ。」



といった刹那・・・
















ドン!!!


と腕を払いのけられ挙げ句の果てには









「ケッ!!!」



と罵られてしまった・・・





世の中ゼニが全てというのは世界共通なんだなというのをまざまざと見せつけられた瞬間であった・・・










別に私はそういった類いのものにはまるで興味が無いし、むしろ引きずり込まれなくてよかったはずなのに・・・



何だろうこの何ともいえない敗北感は・・・




3104
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