3-Nの軌跡
以前は『メンタルヘルスケア日記』でした。 ※『3-N』とはカネない、モテない、ツイてないの意である
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豊島爆走族(構成員1人)
私の土日の移動手段は主に原付(赤いリトルカブ)である。
もうこの原付は乗ってもう5~6年くらいになるのだが、たまに機嫌を損ねてクラッシュする以外は結構言うことを聞いてくれるナイスガイである。
最近その愛車に乗る機会も減ってきてたし、移動の電車賃もばかにならないから「今週の土日の移動は全て原付でいこう」という他人にはかなりどうでもいい目標を立ててみたのである。この日記はその奮闘記を掻い摘んでではあるが紹介してみよう。

1日目 10月29日(土)

早速雨降りでやる気を無くしかけるが、どうしても終電で帰れない時間帯まで外にいると予想しフル装備(カッパ上下、マフラー、手袋、メガネ、着替え)で「池袋」から「高円寺」へ移動開始(PM17:30)。
出発時は思ったよりも小降りになった為、異常に窮屈な格好に空回りしつつも高円寺に到着して「鉄メン宅録」を行う。
雨も上がったPM10:00頃に「プラシーボサウンド」の亮君と「秋葉原」で会う予定だったが、連絡が来なかったため高円寺を後にして一時帰宅。
帰宅後PM11:30頃、予定より1時間以上遅れて亮君からの電話、
「今からカンフーDVDを小岩に持ってきてください。」
という無茶苦茶な指令を「No」といえない日本人の私は渋々承諾し「池袋」から「小岩」に向けて原付で移動開始。
途中東大病院に迷い込んでしまい時間の大幅なロスなどがあったが何とか小岩に到着し、亮君と久々の再会を果たす。
そしてその流れで亮君(ヨシ君にはアポなし)の家へ。
これがまたとんでもなく駅から遠かった(移動時間:チャリで20分)・・・ホントに最寄駅?と思うくらい離れてた・・・
そして「あわよくば泊めてもらおうかな・・・」と言った甘い考えは家に入ったとたんに抹消・・・2人寝るのが精一杯のスペースにより早朝に原付で帰宅を決意。
亮君とヨシ君を交えて「朝まで生プラシーボ」を開催しAM4:00頃小岩を後にする。
帰り道が少し不安だった為、亮君に
「今来た道は一方通行じゃないよね?」
と聞くと
「大丈夫ですよ!!!」
と満面の笑みを浮かべて答えてくれたので、それを信じて小岩駅まで進もうとしたらいきなり「進入禁止」の標識・・・
ありえないトラップに引っかかり、あてもなく遠回りをするハメになったが何とか帰宅。AM6:00就寝。

移動経路:池袋→高円寺→池袋→小岩→池袋
給油回数:1回(池袋→高円寺の際)


2日目 10月30日(日)

ギターの美春から
「ボーカルマイクとシールドが手元にないから宅録のボーカル録りは厳しいかも・・・」
と言う指令を受けてPM3:30に「品川」に向けて移動開始。
(品川のとある組織だと簡単にマイク一式を手に入れることが出来るので多少遠かったが移動を決意。)
途中「いその家」のボーカルに協力を依頼し一緒に探してもらう。
見事見つけ出し熱い抱擁を野郎同士でかました後、すぐさま「高円寺」へ移動。
「鉄メン宅録 2日目」に参加した後、中華料理屋でボッタクリに会いそうになりつつもAM0:00帰宅。(時丸ふぁんたじぃ参照)
腰痛の為うつ伏せで就寝。 

移動経路:池袋→品川(天王洲)→高円寺→池袋
給油回数:0回

作戦終了後:達成感はものすごいあるが、ものすごく腰痛に襲われてしまい日常生活に軽く支障をきたす・・・でも楽しかった週末の出来事であったし、新曲の事とかも運転中に考えれたので非常に有意義なドライブ日和だった。

バン升
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