3-Nの軌跡
以前は『メンタルヘルスケア日記』でした。 ※『3-N』とはカネない、モテない、ツイてないの意である
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わが町池袋
唐突ではあるが私は池○に住んでいて、今年で4年目になる。
皆さんは「○袋に住むのはちょっと・・・」と思うかもしれないが、「住めば都」という言葉もあるとおりなかなか快適に過ごしてる。しかし時にはとんでもない目にあうのも事実。今日はそのとんでもないエピソードを少し紹介しよう・・・


私の家はJR池○駅の西口方面(東武デパートの方)にあるのだが、駅から家まで多少距離があるので駅までの移動手段として自転車を利用してる。
ご存知の方もいらっしゃるとは思うが、池○駅周辺は「放置自転車」の量が日本で1、2を争う位多い場所である。(他に有名な場所は蒲○が上げられる。)それは駅と駐輪場の距離が離れている事、自転車が置ける位の微妙なスペース(各々が勝手に断定)が駅周辺に点在してる事などがあげられる。(他にも多数原因はあるのだがここでは割愛)

「みんながやってるから・・・」的な親が見たら泣いてしまうような情けない理由で私も最初は駅周辺に停めていたのだが、定期的に○島区が放置自転車の回収を行うことが判明し、駅から近い場所だとすぐ回収されてしまうのであった(ちなみに私は過去2回くらい回収された)。
そこで、非生産的なことに関しては労を惜しまない性格の私は必死に「穴場」を探しだし、駅から近くて回収の範囲から微妙に外れてる場所を発見て歓喜した。
私は数日間その「オアシス」を利用し快適な生活を営んでいたのだが、悲劇は唐突にやってきた・・・



ある日の夜、家に帰ろうとしていつもの自転車置き場に向かった。昼間は平気だが、夜になると異常に暗くなる場所である事を初めて知り、少し周りを見回しながら歩いていた。すると一人の女性(東南アジア地方の方だと推測)が私の自転車が置いてある周辺をうろうろしていた。
○袋は駅前留学よりも異文化コミュニケーションに溢れてる街であり、外国から来た方々にしょっちゅう話し掛けられる。こと駅前にいたっては私みたいな若造に
「シャッチョサン(社長さん)!!イティマンイエン!!」
と覚えたての日本語を多用し交流を深めようとする姿はもはや日常風景である。
その風景に慣れてしまった私は
「やれやれ、ここにまでいるんだ・・・まぁ何も無い(金も無い)だろうから早く帰ってゲームしよ。」
とCDウォークマンを聞きながら自転車のカギを開けて家路に向かいペダルを踏み込んだその時・・・



ガクン・・・とものすごい負荷が足にかかった・・・ペダルが異常な重さでこげないのである・・・

「なんだよ、壊れたのか?」

と思い、フッと後を振り返ると・・・














先ほどの女性(東南アジアの方(推測))が私の自転車の後ろの荷台に座っていたのである・・・














あまりの衝撃で思考回路がまるで機能せず言葉に詰まってたら・・・















「オマエ ワタシト ヒトバン スゴス! オーケー?」













というとんでもないカウンターパンチを喰らった!そして怒涛のラッシュを繰り出してきた・・・



「オカネ イラナーイ」


いやいやいやいや意味わかんないし、ありえないし、金の問題じゃないし、etc・・・様々な思考が交錯しパニックを起こしてる状態のオーバーヒート寸前の頭脳からは

「バ、バカ言ってんじゃないよ!!お、おりろよ~。」
(いつもより1オクターブ高い状態。当然声は裏返ってた・・・)
という言霊発するしか出来なかった・・・

「お、おりろ!!」(言うまでも無く甲高い)
しか発することが出来ないお粗末な頭脳を助けるがごとく、かすかに残っていた野生の本能が「危険」を察知し、「おりろ!!」という叫びと共に強引に自転車をこぎはじめた。
すると彼女はあまりに叫ぶ私を見て荷台からおりた。
チャンスとばかりに私は疾風のごとく自転車をこいでその場から立ち去った・・・

それ以来その場所には自転車を停めず、駐輪場を利用している。最終的にはお金より安全だなとつくづく思う今日この頃。



追記
私が自転車を停めていた場所は、夜は東南アジアの女性達のナワバリ(仕事場)でした。くわばらくわばら・・・


バン升
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嗚呼、青春の日々
先日ある事情の為パスポートの申請に行った。
自分の家が一番好きで「超」が付くほどインドアな私にとってはこの手続きすら憂鬱で億劫である。

必要書類や写真を揃えていざ申請に向かおうとした矢先、とある部分を見落としてしまい気付き申請が延期になった。それは
「期限切れのパスポートをお持ちの方は、そのパスポート番号を記入してください・・・」
という項目である。

私は小学校5、6年の頃と高校1年の時にパスポートの申請をしていたのだが、その両方が実家(秋田)にあるため急遽送ってもらうこととなった。


数日後私の手元に過去の2つのパスポートが届いた。これで煩わしさから解放できる安堵感と、過去の思い出に浸ろうという思いが込み上げ、高校一年の時に申請したパスポートを開いて当時の自分に再会しようと試みた・・・

すると・・・














「死んだ魚の目」をした自分が写ってた・・・














びっくりして尻子玉が抜けたと思った・・・
「えっ!?これ自分?」
私の視線の先には高校1年とは思えないほどの無気力、無趣味、無感動の象徴的存在、もしくはゆとり教育の弊害がモロに出たような男が写ってた。
まだ「インターネット」がまだ普及してない世代だから多少なりとも良かったものの、今だったら「ネットで自殺者を募るページの管理人」とか「婦女暴行で捕まった犯人の高校時代の写真」など、明らかに陰険で悪質な犯罪を起こしそうな顔をしてた・・・


そういえば中学3年の頃と高校1年の時に担任の教師から
「お前は死んだ目をしてる!!!」
とよく言われ、怒られてた。
その当時の自分からしてみれば
「おいおい、何言ってるのこいつ?」
と思ったが、今こうして見るとまさにその通りだなとつくづく感じた。

しかしどんな姿であろうと自分の事をかわいいと思うのは自然の流れである。だから「自分の姿だから余計そう思うだけであって、他の人から見たら普通に見えるかもしれない・・・」
という藁にもすがる思いで鉄メンメンバーに見せたところ・・・














全員一瞬絶句してた・・・

そして「そんなこと無いよ・・・」という救いの声は聞けず、
「うわっ!きっついな~。」
「マジ犯罪者じゃん?」
等の素直な感想が爆笑と共に放たれた。

ともすればトラウマにもなりかねないこの事実、そして私のかすかな青春の一ページを守る為、写真の公開は控えさせていただくことをご理解いただきたい。

さらに追い討ちをかけるように、私の中学2年の時から高校3年までの間の写真がほとんど無いのもこの事実を裏付けている。

バン升
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