3-Nの軌跡
以前は『メンタルヘルスケア日記』でした。 ※『3-N』とはカネない、モテない、ツイてないの意である
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生きてこそ その12(一時閉幕)
こうして約2ヶ月にも渡る甥っ子の奮闘記はこれで一応の決着を迎えた。

先日行われた中華街で(私を含めての)両家顔合わせも無事に済んで、これからも両家が協力して頑張っていきましょうという方向で落ち着いたので、こちらも良い方向に進んでいる。
(ちなみに初の顔合わせは私抜きで秋田で開催されたらしい・・・なので公式記録として今回は2回目にあたるらしい。)


がしかしまだまだ残ってる問題というのが2つあり、まず1つは


甥っ子の障害の可能性


これは入院中にも言われていた事である程度の覚悟があるとは思うのだが、今は出てなくとも数年後に兆候が出てくるかもしれないという何とも歯痒い期間を過ごさなければならないこと。

とはいえこの生まれてすぐ数多の困難を乗り越えてきた甥っ子だからきっと大丈夫!と思うようにしてるし、そうであって欲しいという願いは障害の可能性が完全に消えるまで持っていようと思う。



そしてもう1つの大きな問題は、
















甥っ子出産の際に起きた事象が『医療○○』なのではないか?



という点について病院と話し合いをしなければならない点である。

これは色々な人から今回のケースに関しての意見を聞いているのだが、一様に


「これは酷い!!!」

「ありえない!!!」

「同じ医療に携わる人間として許せない!!!」



といった声が出てるのだが、現時点は病院と話し合いの真っ最中でちゃんとした答えが出てない状況のため、あまり大っぴらに書くことも出来ない。
実際に行われた行為や治療法などでも「明らかに・・・」という部分があるのだが、向こうにも名誉等があるので、今は『医療○○』という表現になってる事をご了承くだされ。


確かに「病院を相手に・・・」ってのはあまり賢くないのかもしれないが、このまま泣き寝入りしてしまったら甥っ子が本当に可哀相だと思うし、実際に物凄いストレスを2人は感じてしまったので、皆が納得するまでは諦めないでいこうと思ってる。


そしてこの問題に関してはまたちゃんと解決した時に続編という形で綴っていこうと思うので、それまでは気長に待っていて欲しい。



というわけで約13回に及ぶ笑いナシの日記にお付き合い頂き本当にありがとうございました

本当に最初は気持ちも落ち着かず、どうしようもない日々が続いていたが、こうして日記として発信できるほどにまで甥っ子が回復できた事が本当に嬉しいし、家族が増えたっていう感動を直で味わう事も出来た。


まぁまだまだ問題は山積みだし、これからどうなるのかも良く分からない状況が続くが、3人でどうか素敵な人生を歩んで行って欲しいと切に願う。



最後になってしまったが、初めて甥っ子に会った時に


3104「あ~、子供もちょっと良いかもしれんな~。」


と思ったのはここだけの話である。
同じ一族だからそう思ってしまうのかもしれないが、本当にかわいいね~。




生きてこそ 一時閉幕



3104



・オマケ
初対面の感動を押し付けてしまうがお付き合いを

本当に生きてくれてありがとう。


ちなみにどんだけ小さいかわかりやすく説明する為に、

3104「横に本置いて分かりやすくしよう。」

と妹に無理矢理持たせたのだが、これが周りからドエライ不評だった事もここだけの話にしておこう。
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生きてこそ その11
~前回までのあらすじ~
自然治癒か?ステロイドか?
そのどちらを選んでも障害の可能性があると言われ、厳しい選択を迫られた妹夫婦。
今回はそのリスクを背負ってでも、早期回復の可能性が高いステロイドを選択。
果たしてその結果は・・・



投与からまた3日後。運命の結果発表が妹夫婦に告げられた。気になるその結果は・・・













甥っ子は驚異的な回復を見せたとの事








本当に良かった~!!!


そしてその効果も目に見える形でよくなり、一気に酸素供給の量も減り、甥っ子の体にまとわりついていた管も外れ、ようやくテレビで見かけるような赤ちゃんの姿に生まれて初めてなったのである。


そしてその後も驚異的な回復し、気が付けば退院の二文字が見えるほどにまで回復した。


また家族の頭の中を常に駆け巡ってる障害に関してだが、

現時点の調査では甥っ子の障害の疑いはない!

という結果が来た。
(重ねて各機能においても問題は見受けられないし、ミルクを飲む量もようやく人並みにまで増えていったようである。)


確かに数年後に起きるかもしれないって部分で本当に安心出来た訳ではないが、それでも今の時点で何も問題がなかったことは家族や親族において大いなる安らぎを与えるに十分な結果である。


こうしてまだまだ小さな部分で病院に通わなければいけないのだが、甥っ子がこの世に生を受けてちょうど2ヶ月、ようやく親子で一緒に過ごす事が許され退院となるのであった。



ちなみに甥っ子が退院するときにNICUで担当した医者は勿論、病院内で結構偉い先生なんかも見送りに来てたみたいで、そしてその先生が揃って、


「お子さんの回復は奇跡に近いです。」


とまで言われたらしい。


私はその場にいて逐一状況を把握してる状況にいなかったからあれなのだが、傍から見てても良くぞここまで持ってこれたと思う。
甥っ子の生命力に感動したし、決して諦めなかった親族、そして親身になって治療にあたってくれたNICUのお医者さんに感謝である。


そしてようやく訪れた幸せを祝う名目と、今更ながら両家揃って顔合わせを兼ねた食事会を中華街で行う事が決定した。


本当に長かった道のりも今回でひと段落。後は末永い三人の幸せを祈るばかりである。


続く


3104
生きてこそ その10
~前回までのあらすじ~
色々と予定外な事に巻き込まれつつも、何とか踏みとどまってる甥っ子の生命力
妹も口論後は医者に積極的に質問するようになり、甥っ子の症状も以前よりは詳しく理解できるようになった。

そんなある日、妹夫婦に大きな選択を迫られる場面が訪れるのであった・・・



感染症を乗り越えてからの甥っ子はその後は何か突発的なことに巻き込まれることはなくなり、ようやく生まれてからずっと甥っ子を苦しめてる肺の機能に関しての治療に専念できるようになった。

しかしその経過は一度ステロイドを投与した時よりも回復の度合いは低く、状況も少しずつ上向いてはいるが、角度はほぼ横ばい。
といった感じで中々光が見えにくい日々が続いた頃に、医者からとある提案をされる・・・





医者「もう一度ステロイドを使ってお子さんの治療をしませんか?」





確かに1回目の投与で奇跡の回復を見せた甥っ子だが、2回目もそうなるとは限らない。
そして前回の時点でも軽く話が出てたのだが、その治療により甥っ子に障害が出る可能性がある事も説明を受けた。

しかも投与してすぐそういった状況に陥る場合もあれば、数年後何らかの形で障害が出る可能性があるというから正直二の足を踏んでしまっていた。


そうなるとじゃあこのまま気長に自然治癒の方向で行けばいいじゃないか?と思うのだが、今の状態の様に酸素の供給を上手く出来ない状況が続けば、そちらの方法を選んだとしても回復の見通しがつきにくいという部分(明日かもしれないし数年後かもしれない)があるし、後々に障害が起きてしまう可能性がある、と言われた。



つまりどちらの道を選んでも、皆が一番気にしてる障害の可能性があるのであった・・・



そこで妹夫婦は悩みに悩んだ末「ステロイドによる治療」に踏み切る事にした。
確かに障害の可能性が付きまとうのだけれど、これ以上親と子が離れ離れで過ごす(既に1ヶ月半位)のも互いに良くないだろうという判断である。


周りの親族も同意見だし、夫婦で意見の統一が出来てれば良いだろうって事で、

これが最後になってくれ!

という思いで見送るしか出来ないのがかなり歯がゆい気持ちが混じってるが、甥っ子には後一踏ん張りして乗り越えて欲しいと切に願うのであった・・・


続く


3104
生きてこそ その9
~前回までのあらすじ~
感染症の危機も乗り越え容態も本当に少しずつ安定してきた私の甥っ子。
ただ当初の予定よりも大幅にオーバーしてる入院生活にそろそろ皆の緊張も切れ掛かっていた。
そんな時にふとした事件が10年ぶり位に起きてしまう・・・


妹夫婦から来る日頃の報告も恒例化になり、それが嬉しいやら微妙やらの日々が続いていたある日の事。


妹「最近ようやく子供のミルクの量が増えてきたよ。」

妹「夜鳴きも大分収まって夜はぐっすり寝てるよ。」

妹「ウ●チが出るようになったよ。」
(一応食事中の方もいると思うので・・・)


と日々の成長を楽しそうに語ってきて、私としても未だ会えてないもののほっとした気分だったのだが、ふとした瞬間に、


3104「ちなみに今の肺の状態はどんな感じなの?」


と聞いてみた。
すると・・・

妹「まだ完全ではないみたい・・・徐々によくはなってるみたいだけど・・・」

と返ってきた。


3104「いや、完全じゃないのは分かるけど、実際どれ位の割合まで回復してきてるのかは確認したの?」

妹「いや、してない。」

3104「何でしてないの?」

妹「お医者さんは言ってこなかったから・・・」

3104「それと前々から問題になってた肺に痰が溜まってる状態はどうなったの?」

妹「分からない・・・」

3104「おい!分からないはないだろ!?毎日会いに行ってるんだし、医者とも話してるんだからちゃんと聞けよ!!!」

妹「・・・」

3104「子供の状態を把握してなくてどうするんだ!俺が今気になって聞いたことはお前は疑問に思わないの?」

妹「・・・気になるよ・・・」

3104「じゃあ何で聞かないんだ!!!気を抜くなよ!まだまだ終わりじゃないんだから親がちゃんと理解しなきゃ話にならんだろ!?」


妹は黙ってしまい、たまらず私の母親が電話を代わって相手をしだした。


まぁ少し言い過ぎたかもしれないが、一番辛いのは甥っ子であり今も病院で治療に頑張っているのである。
それを精神面はともかく健康な両親が何の知識も情報も得ずにいられるんだ?と声を大にして言いたかった。

なんなら自分の方がこの件に関しての症状や症例に関して知識が深いのも何だか情けなくなってきたので、一喝してしまった次第である。


まぁその場はかなり気まずかったが、生来負けん気が強い妹は翌日医者に色々と自分の方から質問をし始めたらしい。(ただ報告は妹本人からではなく、母親伝いであったが・・・)

それによって家族全員がより子供の症状を把握する事が出来、今まで以上に今回の件に関して色々と動くようになったみたいである。



そしてそれから数日後、いつもの様に医者から説明を受けた妹夫婦はとある決断を迫られることになった。
それは大いに悩む問題であり、2人の意志が重要となるターニングポイント的な選択でもあった・・・

またしても急転直下の出来事に巻き込まれてしまった妹夫婦。一体どうなってしまうのだろうか・・・


続く


3104
生きてこそ その8
~前回までのあらすじ~
生まれてからこれまで大変な事ばかり続き体が大分弱っていた甥っ子。
そこを付けこまれたかのように感染症にかかってしまい、まだまだ危険な状態を抜け出せないでいた。
またしても抗生物質の投与により、とりあえず感染症に関しての治療を優先する方向になった。


しかし子供が生まれるというのはこんなに大変な事なのか?と聞きたくなるくらいに次から次へと色々な事が起こってるこの状況。
またしても甥っ子の体に害を成す者の登場でわが一族は大パニックに陥った事は言うまでもない。

しかしそんな常にうろたえていた私達をしっかりサポートしてくれたNICUのお医者さん達には深々と感謝。
今回のケースも色々な場合を想定して、こういった感じで投与しますよという細かい説明をしてもらい、家族全員が納得した形で治療を進めてもらった。


しかしまたしても結果は3日後に現れるとの事・・・
毎日の報告の際に容態が悪くならない事を祈りながら受話器を取り、何事もなかったことに安堵して寝るという生活を余儀なくされたのであった。



そして薬の効果が出始める3日目の診察結果は・・・














無事に回復し感染症の恐れはなくなったという報告を受けた。



一際大きい安堵の溜息が漏らしつつ、土俵際で粘って持ちこたえる甥っ子の生命力に感動する私。
そしてまだ酸素供給が必要とはいえ、元気になってきてるという報告を受ける度にこっちも大分気持ちが落ち着き始めてきた。


この頃になると母親が直接お風呂に入れたり、ミルクをあげる事が出来たりと、ようやく親子らしいイベントが出来るようになってきたのも大きな進歩である。
妹もたどたどしいながらも母親としての仕事に喜びを感じてるし、報告の電話も嬉しそうな面もチラホラ出てきた。


これで甥っ子がグングン回復してくれたら言う事ないのにな~、なんて思いながらも個人的に少々気になる事が出てきたので、ある日妹に電話で聞いてみることにした。


まぁそれがきっかけで何年ぶりかの言い争いになるとは思ってもみなかったのだが・・・


続く


3104
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